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2013年10月 9日 (水)

力をどこにそそぐべきか

 昨日の、千房の中井社長の、上司の人材育成力などの話を、もう一歩踏み込んで考えて見たい。確かに現在の採用に関しては、一般に使いやすい人間をとる、という傾向が見受ける。特に一般職でも、高卒より大卒と言う流れには、
   「大卒の方が大人だから、使いやすい。」
と言う発想がある。これは昔からあった、裏側の
   「高卒の方が若いだけ育てやすい。」
と言う発想を否定するものである。

 この話をもう一歩広げて考えると、日本の学校制度というものの価値にもつながってくる。確かに、学校というものがあるのだから、そこで育成して企業はそれを使うという、モジュラー的な発想はある。すべての会社が、全ての分野で、自社に適用した人材を、すり合わせで作る。これは現実的には難しいものがある。また企業向けにすり合わせるにしても、共通土台を会社に負わせずに、学校が持つのは一つの考えである。

 ただし、今の採用を見ると、人気のある大手企業が、学校でも成績優秀な人材を採用している。この流れを見れば、本当に人材育成のスタッフも持てない中小企業に、少なくとも学校の評価として上位でない大学が人材を供給している。この図式には矛盾を感じる。

 しかし考え方を変えれば、大企業の社員が解くべき問題は、大きな組織の中での、限られた部分の問題を深く突き進み解くことである。これは現在の学校の優等生に向いている。

 一方、中小企業になれば、幅広く考える力が必要であり、必ずしも一つの専門にこだわるべきでもない。そして、対人理解と言うか、人間関係が重要になってくる。この時、人材育成力と言う言葉が生きてくると思う。そのため採用では、部活なども重視している。こう考えると、今の制度もそれなりに動いているのかとも思う。

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