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2013年10月29日 (火)

批評と実現の違い

 今回の神戸市長選挙について、もう少し考えて見た。前にも書いたが、

「責難は成亊に非ず」

と言うことが、今回の久元陣営の勝因であろう。確かに、神戸市の運営に関しては、会社経営者の批判的な目で観れば、いろいろ非効率的に見える面もある。これに対する批判も大きいと思う。しかし、首長には実行の責任がある。
 実現するときには、色々な困難もあるし、既存体制での生活者の面倒も見ないといけない。そのような制約の中で、現体制はそれなりの仕事をしていた。これを評価せずに、自分の意向で変えると言うだけでは、結局は失敗する。
 このような考えが、改革には必要ではないかと思う。

 これと関連して、大阪市の公募校長や、公募区長が色々とトラブルを起こしている。私も、学校制度に関しては、大学卒業してすぐに教師を一人前扱いする点など、批判すべきことは多々ある。もっと言えば、知識付与の効率から言えば、企業内教育の方が優れている面もある。
 しかし、学校にはそれなりの蓄積もある。そこを見ずに自分の力だけを過信し、押し付けようとすれば、失敗する。
 橋下市長は、官僚の良いところもよく見ていたと思うが、どうも近頃はおかしくなっているように思う。

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