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2013年11月10日 (日)

文系大学院生の就活について

 前に、文系大学院生の就活について書いたが、その後もう少し考えたことがあるので、追記しておきたい。
 http://manabizz.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-7495.html
 文系の、院生に関してはかなりきつい話になるが、最後まで付き合って欲しい。
 前回は、文系は理系とくらべて、実績が少ないという話であった。しかし、もう一度科学哲学などの立場で考えて見ると、理系と文系の院卒の市場価値に関して、もっと大きなギャップが存在するように思う。私は、工学部の修士であるが、近ごろは社会科学も少しは勉強しているし、事務屋の世界での経験も一応あるので、両者の違いは説明できると思う。

 まず、理系の大学院卒の会社での仕事を見てみよう。多くは技術者としての仕事である。この場合に、思考方法としては、厳密に科学的な思考方法が要求される。例えば、ソフトウエア開発などでは、デカルトの論理の原則、つまり厳密に定義されたもの、公理として自明なモノから、きちんとした推論で導くと言うことが、仕事に対する姿勢として要求されている。この態度は、学生時代の研究姿勢と、共通するものがある。つまり、学部卒より、修士の方が、考え方がしっかりして、仕事に適応しやすいのである。これが技術系で、院卒有利の一理由である。

 さて、文系の仕事で考えて見よう。これは、社会科学系と、人文科学系で分けて考えるべきかもしれないが、研究では、論文を作成するために、ある程度しっかりした前提の下で、きちんとした推論を行うことが、要求されている。
 しかしながら、会社生活における事務屋の仕事は、前提になる状況自体が曖昧なことも多い。確かに、法律的な議論まで持ち込めば、論理の世界まで持ち込めるかもしれない。しかし、一般的な市場の話や、人間個人の管理や、お客様の行動の予測に関する、会社での議論は、およそ曖昧な前提から、情報を読み取り、確からしい話ができればよいというレベルで行うことも多い。曖昧な中から、直観的に情報を選び、説得力のありそうな議論を行う。但し、失敗の可能性は必ずあるので、適宜修正しながら対応する。
 このような姿勢は、研究に臨む姿勢とは少し異なるものである。つまり、理系と異なり文系では、まじめな研究姿勢が、必ずしも会社生活に役立たないと言うことになる。言い換えると、歴史学者の文献の読み込みより、山本七平・井沢元彦の直観的な理解が、役に立つ場合も多いのである。

 文系の院卒の就活においては、このようなギャップも考慮して、厳密だけでなく、直観的な解りやすさを考える。そして、柔軟に修正する。このような行動方針を示すことが、大切だと思う。社会科学ならヴィーコに帰って欲しいと思う。

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