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2013年11月18日 (月)

論理的と言うこと(企業と大学の違い)

 先日から、文系の院生の就活について色々考えていた。また、私のHPでは、今月の一番アクセスが多かった記事は、論理的考え方である。
 http://manabizz.c.ooco.jp/ronribunn1.pdf
 この二つを合わせて考えていると、一つの発見があった。それは、
  会社生活で使う論理とは!
についての気付きである。

 私が思うに、社内の提言書や論文は、自分がその問題の中に、どっぷりつかったうえでの論文であり、状況の中に『棲み込んでいる』形で書く論文である。その文章を読む人も、ある程度はその問題に関して、自分も経験や配慮がある。従って、共感を主体に読もうとする。そのため、論理的に話をする場合にも、具体的なモノのイメージをもち、その『動き』を使った、説明などが重要な道具となる。

 一方、大学の研究などは、客観性が重視される。従って、現象をきちんと定義し、その上で形式にしっかりした形で、論証を進めることが要求される。

 数学、特に幾何学の例をとると、会社の議論は、
   「定規とコンパスで作図しながら、時に論理的に説明する」
が、大学の論議では、
   「ヒルベルトのきちんとした公理で議論する」
と言う形になる。『点』と『線』と言う言葉を、きちんと定義した『机』と『椅子』で置き換えても、論理が通るのが、ヒルベルトの幾何学である。つまり、我々の持っている、『線』のイメージを捨てても、論理展開だけで話せる世界である。

 さて、ここで大学的議論法を、会社に持ち込むと、どのようなことが起こるだろうか?
 多分多くの聴き手は、
   「何かよそよそしい議論だ」
   「評論家的だ」
と感じるであろう。

 このような側面も考えて、特に文系の院卒の人は、就活に臨んでほしい。
 なお、此の議論も、大学の評価なら、単ある仮説と類推と言われるだろうな!(笑)

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