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2013年11月12日 (火)

文系大学院生の就活について (嫌われる理論)

 就職の障害として、よく「評論家的態度」がいけないと言われる。これを別の言葉でいうと、
  「責難は成亊に非ず」
つまり、
  「今あるものの悪いところを追求しても、良いモノを作ることはできない。」
と言うことである。これについては、我々は民主党政権で身をもって知っただろう。
 さて、大学での学問について、企業の人間が不満に思うことについて、「マルクス主義」を例にとって、少し考えて見よう。

 マルクス主義経済学は、日本では特異な発展を遂げ、ソ連の崩壊までは、日本の大学の経済学の大部分を占めていた。マルクス主義経済学が、なぜ日本の大学で普及したか?この理由に関しては、色々な面から検討しないといけない。特に冷戦構造で、アメリカの援助を最大限に引き出す、吉田茂以降の政府の駆け引きに関しても、考慮が必要である。
 しかし、ここでは科学的と言う目で、マルクス主義の魅力と、欠陥を見ていきたい。
 まずマルクス主義史観の魅力について、触れておく。マルクス主義では、
「人類の社会構造は、原始時代から、進歩してきて、
 現在の資本主義にとなった、その次の世界は、共産主義である。」
と乱暴に言えば、このような単調な、進化論的な歴史観である。このような進歩と言うことを決めつけると、議論がしやすくなる。
 更に、マルクスの著作は、しっかりした数式で表現されている。このような数式で、表現することは、物理学の世界に近づくことでもあり。より科学的になったという、評価を得ることになる。このようにして、経済学の科学としての進化を見出した結果、マルクス主義が幅を利かせていた。

 しかし、このようなマルクス主義の見方は、一面的なものである。現実には、多様な側面があることを、無視して強引に理論を展開している。例えば、歴史観でも、進歩したと言い切ると、どうしても勧善懲悪的な発想になる。つまり、明治維新の時に、「勝てば官軍」と言うことで、「徳川幕府や会津藩のしたことはすべて悪い」と決めつけたようなことが起こる。
 例えば、新選組の活動に関しても、彼らは維新の障害として、悪人扱いされているが、当時の長州藩の動きなどは、どう見ても京都で大規模テロを起こそうとしているとしか見えない。それを未然に鎮圧したことは、ある意味で多くの命を救った可能性がある。このような見方が許されなくなるのが、進化論的歴史観である。

 もっと大きな弊害は、労働者と資本家の単純な分離である。しかも労働の評価を、単純に給与と言う見方で見る。しかもコストとしてみる。このような単純な見方をることで、きちんとした理論展開ができたのも確かである。この理論で、得た知見も少なくない。しかし、労働を単位金銭的に評価した結果、失ったものも多い。
 今の経営者には、確かに労働者を、単にコスト要因とみて、チープレイバーを求める動きもないとは言えない。しかし労働の対価には、感謝や自己の成長など色々な側面がある。また労働者も、会社を支え、社会を支えることで、皆が良くなることに貢献している。そのためには、経営者にとっても、労働者の力を蓄えることも重要である。
 このような理論で落ちたものの危険性を認識し、その上で現実に生かす力が、特に文系の院生の就活には必要である。

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