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2013年11月28日 (木)

この国の問題点(続き)

 前に書いたこの国の問題点だが、今まで書いた他の記事とも関連している。先般から、文系の院生の就活について、苦戦している状況に関し、少しでも役立てばと色々書いている、このれに関して、ちくま新書の「哲学思考トレーニング」に興味深い一節があった。p8~p9に、

日本からアメリカの大学院に留学したある留学生の話だが、彼が「将来はどうするつもりだ」と聞かれて、「哲学専攻で大学院なんかに進んだら一般企業への就職なんて絶望っすよ」と答えたところ、質問した人は「そんなことはない。アメリカなら大学で哲学を専攻した人間は企業で喜ばれるよ」と答えたとか。その人の意見だと、哲学を学んだ人間は、全体的な状況をとらえて分析する能力が身についているはずだ、とか。

と言う一節がある。私も、このアメリカ人の意見に、一部賛成する。一部と言うのは、日本の大学の哲学教育が、実務的なスキルをしっかり訓練しているか、少し疑問に思うからである。

 ただ、ここでアメリカと日本の違いをもう少し踏み込んでみたい。アメリカの民主主義は、基本に個人の自立した権利がある。このために、個人が主張すること、それを評価するためにも、しっかりした議論の技術を小学生から教えている。(事実と意見の分離など)
 一方、日本の民主主義は、善政を行うお上に守ってもらう民主主義である。上から与えられた、明治の議会開設であった。そして、マッカーサー様に頂いた、現在の憲法である。これを指摘した、「こどもの国」発言で、マッカーサー様の人気は、今の日本ではなくなったが!

 そして、日本の国政において、吉田茂などの仕掛けた、陰謀にももう少し配慮が必要である。吉田茂たちは、戦後日本の復興のために、わざとまともな議論ができなくした形跡がある。具体的には、米ソ対立の図式を利用し、
  「社会主義万歳、ソ連などのやることは全て正しい」
と言う勢力を育てたのである。当時の社会党には、現実的な妥協論をする人材もいたが、対米のため反対一色で押すように、情報をリークしたと言う話が伝わっている。

 さて政治における、反論と妥協はどこで行われたのであろうか。実は、自民党の派閥の間で、ある程度の議論がお行われていた。しかしこれは国民の見えないところである。そうして、明確な議論より、個人カリスマによる支配が進む図式となった。

 そして、一つの方向に向けて進むには、優等生を集めた有能な官僚組織と言うのは、大きな力を発揮する。これが戦後日本を支えてきた、官僚機構であった。

 そして、ソ連崩壊後の国情変化に対し、この問題点はそのまま残っている。
 堺屋太一氏の言葉ではないが、
   「官僚は貧乏人が好きだ、施せるから」
を修正して
   「官僚は考えない民衆が好きだ、教えてやれるから」
という言葉が現状を示している。

 ただし、官僚を全面的に否定してはいけない。官僚制度にも良い面は多く在る。少なくとも今の日本が無事成り立っているのは、官僚たちのおかげである。3.11の震災後も、民主党政権がもう少し官僚を上手に使っていれば、少しはましな展開になったと思う。

 官僚たちを認めた上で、彼らに論理的に意見を言う。これができる民衆を育てるのが、現在の急務であると思う。
 そのためには、本当の教養をもつ、大学の改革も必要ではと思う。八重の桜であった、大学設立の趣旨をもう一度思い出すべきではなかろうか。 

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