ご縁のあった人たち

無料ブログはココログ

« 官僚に対する尊敬について | トップページ | 「常識」の研究 について(その2) »

2013年12月17日 (火)

「常識」の研究 について(その1)

 今回の秘密保護法に関連して、山本七平の「『常識』の研究」を、読み直している。この本は、1980年代初めの世界観なので、今ではずれている話もあるが、多くは今でもあてはまると思う。そこで、しばらくこの本で話をしていきたい。
 まず、この本の概略構成は以下のとおりである。
 Ⅰ 国際社会への眼
 Ⅱ 世論と新聞
 Ⅲ 常識の落とし穴
 Ⅳ 倫理的規範のゆくえ
 Ⅴ 島国の政治文化

 それでは、Ⅰの「国際社会への眼」から見ていきたい。この部分は、時代の変化をもろに受けているが、山本七平流の「モノの見方」を学ぶには、具体的で良い題材と思う。特に、彼の宗教に関する見識が、イスラエルやアラブでの問題に関して、納得のいく説明を与える点を、味わうべきだと思う。
 まず最初の「シオニズムと風土」から、鋭い指摘がある。

p17のシオニズムに関する記述から
 一つの思想が一つの革新的体制を創設しても、それが徐々に伝統に戻り活風土に同化していく大変に面白い現象がここに見られる。これはある意味では戦後の日本にもみられる現象だが、子細に見ればやはり違う面がある。
 と言うのは、シオニストはあくまでも自分の思想を生き、その思想を生きうる体制をつくったのであって、それをお題目のように唱えただけではない。そしてそれを生き、その生き方が正統とされることは伝統盲従への逆行を防ぎ、同時に伝統と正統思想の双方から、次の時代を指導する新しい思想を模索しかつ創出しうるという点は見逃し得ない。そして、日本においてきわめてむずかしいのが、この「思想の創出」という点である。

 

(続く)

« 官僚に対する尊敬について | トップページ | 「常識」の研究 について(その2) »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「常識」の研究 について(その1):

« 官僚に対する尊敬について | トップページ | 「常識」の研究 について(その2) »