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2013年12月16日 (月)

官僚に対する尊敬が無くなったら

 秘密保護法に関しての報道から感じる物の一つに、官僚に対する悪意がある。
  「秘密の指定を官僚が勝手に行う」
等の発言が明確なものであるが、それ以外にも、はっきり言わないが、何となく悪意のある表現がある。
 このような官僚への悪意を持ちながら、官僚に国家と国民への献身を期待するのは、間違っていると思う。

 しかしなぜ、官僚に対して、このような悪意を持つようになったのだろう。一つは、マスメディアが、「権力に反抗する」と言う自己陶酔をしているからであると思う。「権力批判」と、思っていることをすれば正しいと、思い込んでいる。しかし、批判は正しい根拠がないといけない。昔、厚生労働省の村木厚子課長(当時)に対して、不正追及を行った時の、メディアの報道はどうであったか。そして、その後は、検察の捏造問題が出た時の、手のひら返しは、何と言うべきか?

 もう一つ私の独断だが、
  「有能な人に対する嫉妬心」
があるように思う。そして、キャリア官僚は、普通の人間であると、言いたがっているように思う。
 前にも書いたが、朝日新聞のプロメテウスの罠で、小野寺徳子部長(当時)を、取り上げた時も、
 「現場の状況を知らない、善意のお役人」
と言う表現であった。小野寺徳子企画官は、FaceBookやTwitterでもわかる、聡明な方なので、色々解っていて、ただ相談者を楽にさせるために、
 「現場の必要を教えて欲しい」
と言ったのだと思う。しかし、朝日新聞等の図式では、
 「現場を知らないキャリア官僚」
と言う表現が見え隠れする。

 このような、官僚の能力に対して、尊敬を失ってはいけないと思う。もっと言えば、
 「自分ができないことをする人には尊敬の念を持つ
これが基本ではないかと思う。

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 前に、行政官僚に対して、国民としての尊敬が必要であるという趣旨で書いた。htt [続きを読む]

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