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2013年12月28日 (土)

倫理による審判か、論理による審判か?

 安倍総理の靖国神社参拝が、近隣諸国より非難を受けている。しかし、今回の参拝には、鎮霊社への参拝や、その後のメッセージなども含めても、論理的にはかなり説明のつくことも多い。確かに維新の会の橋下共同代表が指摘したように、「前の戦争は侵略であった」と認める一言があればもっと良いが、それなりの論理は尽くしていたと思う。
 しかし、この問題は、特に中国・韓国に関しては、相手国の国内事情に振り回されている面もある。中国にしろ韓国にしろ、1960~80年代に日本政府から、賠償金と言わないが、実質賠償金を、色々の形での資金援助として受けている。しかしながら、両国とも『反日教育』を行っている。この矛盾を解決するために、中国側が編み出した理論が、
  「日本国民は悪くない。悪いのは日本で戦争指導を行った、
   いわゆるA級戦犯である。」
である。一方、ウリジナルによる独創性といいながら、中華思想には直ぐ感化される韓国も、A級戦犯を奉っている靖国神社への参拝はけしからんと同調している。もっとも韓国に関しては、反日教育の原因は日本にもある。1990年代までの、一部政党およびマスコミの「北朝鮮賛美」を、韓国内では流せるものではなかった。
 このようにねじれた形の、諸国の国内問題まで絡んでの、靖国問題である。
 但し、この問題は、どうも論理的に片づかないように思う。前から、山本七平流の議論で、日本の政治は、論理的に動いていないという議論をしていた。その中には、政策ではなく、倫理的な話で、政敵を追い落とすという話がある。
 これは日本だけの問題と思ったが、中国・韓国にも同じような問題があるように思う。考えて見れば、日本も含めて、これらの国には、民主主義が入る前に、すでに儒教による『人格者による統治」という発想があった。そして、「徳のない者は去れ」という形での、政治指導者の交代が行われている。
 つまり、倫理的に政権を交代させるのが本音なのに、論理的に話をする建前があるから、問題が解決しないのではと思った。
 もっともアメリカが見当違いの口出しするのは、いかがなモノかと思う。

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