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2013年12月15日 (日)

日本の政治について(明治の時代に行ったこと)

 昨日書いたように、日本の政治は、表面的には「成人―成人」であるが、実質は「親―子」の関係である。さて、このひずんだ政治体制ができたのは、どこに原因があるのだろう。歴史的に見ると、まず明治維新の文明開化が大きな転換点である。ここで、西洋風の政治を入れると言うことで、議会制民主主義を、強引に導入した。聖徳太子の時代に、隋と国交を結ぶため、憲法を作ったことと、本質は同じである。
 そのため、西洋のように民衆が勝ち取ったのではなく、お上から与えられた、民主政治となった。ここで大切なことは、このような文明を、教え込む仕組みを同時に作ったことである。小学校を義務教育し、そこで教えるようにしたのである。この教科書的な知識で、国民の知識をレベルアップしようと考えたのである。確かにこれで、国民の識字率が上がり、世界で初めての普通選挙にまでつながるようになった。
 ただし、ここで大切なことは、建前の民主主義の裏に、本音としての『特権階級による政治』が隠れていたのである。実質明治維新の経験者たちは、各人が国のことを考え、指導者としての仕事を果たそうとした。ただ彼らは、後継者の育成を、学問的な仕組みに頼らざるを得なくなった。しかも、欧米との知識差が大きかったため、大学と言えども欧米の学問を吸収する仕組みとなってしまった。 
 つまり、自力で
   『何が本当に良いのか、そのためにどうすればよいのか』
と考える前に、
   『お手本を学べ』
が優先されるようになった。
 ただし、明治維新の後しばらくは、実戦での色々な教訓から、それなりの人材を選ぶことができた。しかし、昭和の時代になると、指導者の選別は、大学の成績と言う形となってしまった。つまり、自分で考えない人材となってしまった。
 さらに、明治の終わりに苦し紛れに作った、『(建前の)精神主義』を、本当に信じる世代となってしまった。
 これが、戦争敗北につながったが、今の日本政治も、この図式が残っているように思う。

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