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2013年12月 8日 (日)

教科書の弊害は上滑りの例

 教科書の弊害は上滑りと書いた、この例を私の中学二年の歴史で経験した話で検討したい。
 歴史で小乗と大乗の違いについての説明である。
 「小乗は自分が修行して悟りを開く、大乗は仏様に救ってもらう。」
と言う趣旨の記述であった。これはそれなりに納得しやすい比較であった。なお小乗は今では使えない表現である。
 さて、私は次の質問をした。
 「禅宗は悟りを開くと言うが大乗ではないのか?」
これで先生がつまってしまった。誠意ある先生なので、後でフォローがあった。
 「禅宗等は、自力と他力の区別です。」
これで私も引っ込んだが、今で考えれば以下のような説明が出来ると思う。
 「小乗と大乗の違いは、出家して修行することで自分が悟るのが小乗であり、回りの人も一緒に救われことを目指すのが大乗の目的である。なお、禅宗等は大乗が日本に入ってから、色々別れた一つである。時代が違うことが一つある。もう一つは、禅宗で悟っても、自分だけでなく、他の人も救う大乗思想も残している。」
この説明ぐらいは、突っ込めるようにして欲しい。
このためには宗教のしっかりした理解が教師にも必要である。

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