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2014年1月16日 (木)

国語教育について思うこと

 学校で学んだことを、仕事の上で生かせるかと言うことについて、色々と考えている。学校で学ぶことの中でも、文章を読み書く力は基本的な能力だとつくづく思う。さて、この文章読解力は、どのようにして身につくのだろうか。
 普通に考えれば、これは国語教育の成果と言うだろう。しかし、どうも国語教育だけではないような気がする。小学校の算数の文章題などは、文章記述を正確に理解して、数字の世界に落とし込むのが勝負である。さらに、中学高校での証明問題は、論理的な文章作成に対して、大きな意味を持っている。さらに実験のレポートも論理的文章である。
 一方、国語の方に戻ってみる。ここで、国語の教科書の位置づけを、考えて見たい。社会などでは、大人になってから、高校の教科書をもう一度読み直す、という動きがある。数学や理科でも、使わないから見ないだけで、その内容をもう一度勉強することもある。しかし、国語の教科書を、もう一度みなしたという人は少ないと思う。
 ただし、これが就職後も役に立つ、実用例文集の教科書ならば、保存して何度も見直すことはあるだろう。しかし、今の国語の教科書は、読解と言うか、「官製感動」を実行するための、題材でしかない。しかも、この「官製感動」に迎合して、どのように反応するかは、問題集などを自分で解く方が、よく見につくようになっている。
 この部分をもう一歩踏み込み、しっかり論理的に読み書きする力、著者の心に寄り添って理解する力を身に着け、その上で自分の心を鍛えていくのが、本当の国語の勉強だと思う。
 今もう一度国語教育を見直すべきではと思う。

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