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2014年1月 5日 (日)

就活における大学からの解決

 昨日は、講道館の創設時点について、思うところを書いた。この話を、現在社会で少し類推してみた。
 少し強引な類推だが、武術の世界を、経営学などの実学に近い学問に、例えてみた。
 つまり、今の大学のキャリア教育の多くは、学生を如何に企業に気に入ってもらえるようにするか、企業の現実に合わせこもうとしている。
 しかし、大学の方から、

「私が教えた学生は、企業の意志決定に際して、このような検討書が出せます。」
「私たちのゼミの成果は、御社の仕事に、このように役立ちます。」
「我が学生と、教官で作った会社は、このように売り上げが出ています。その人材を、おすそ分けします。」

と言うぐらいの、強い言い方はできないのだろうか。但し、これを言うからには、実績を残さないといけない。言い換えると、失敗したら責任をとらないといけない。つまり、柔道でいう、「負けを認める」覚悟が必要である。

 確かに、大学の先生にも強く言う人はいる。しかし実際に自分の非を認めない人が多く、負けを認めないので、世間から相手にされなくなる人も少なくない。そして、謙虚な先生というが、「実務は解らない」と逃げていく先生も少なくないと思う。

 しかし、今の世の中、
   「私の学問は本当に役立つ」
と社会に打って出て欲しいと思う。

 特に、

「文系の院生の就活」が、特定ゼミの卒業生は、即戦力性が高く、売り手市場である。

 

と言うぐらいの力強い意見が出ないものであろうか。
もっと言えば、文系の院生が、自分たちの就活をどう有利にするのか、研究して論文化したらよいと思う。

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