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2014年2月 7日 (金)

(科学)哲学の役割

 このブログでも何回か取り上げている、小保方晴子博士のSTAP細胞の研究に関して、日本の科学哲学研究者からのコメントがないのがさびしい。
 僭越ながら、私のようなアマチュアの目で観ても、今回の発見の扱いほど、科学哲学上の大きな課題が見える形となったのは珍しい。
 http://manabizz.cocolog-nifty.com/blog/2014/02/stap-76f7.html
 http://manabizz.cocolog-nifty.com/blog/2014/02/post-806f.html
 このような従来の科学の常識を壊す、革命に立ち会ったことは、科学哲学の観点から、一言あってしかるべきだと思う。
 なお、小保方博士のノーベル賞可能性に関して、一つの故事から、十分可能性はあると思う。それは、日本初の湯川秀樹ノーベル賞である。彼のノーベル賞受賞となった、中間子のアイデアは、当時の物理学の大家から、
 「なぜこれ以上新しい粒子を求める必要があるのか?」
と一蹴されている。このように大家から、一蹴される研究こそ、ノーベル賞候補となるのである。
 このような面からも、科学哲学の分野からの意見表明が欲しいものである。
 哲学者は、もっと前に出て、しっかりした評価を世の中に伝えるべきではないかと思う。

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