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2014年2月10日 (月)

学問で身に着けるべきものは姿勢ではないか

 昔、会社で社員研修について議論した時、事務屋の基本的なスキルが話題となった。その時、研修関係のベテランの意見は、
  「創造性が事務屋の基本スキルである。」
と言うことであった。私は、この意見に少し納得できないものを感じた。私自身は、高校生時代から川喜多二郎氏の「発想法」等を読み、大学時代は「等価変換理論」やデボノ式の「水平思考」をある程度は理解し、適宜使用していた。従って、創造性というものは、一つのスキルとして、有用であるという感じでしかなかった。
 しかし、定年退職後に会社生活を振り返ってみると、『創造的』思考というものは、随所に生きていたと思う。私の仕事は、ハードウエアの開発から始まり、第一線のソフトウエア技術者、ソフトウエア技術者管理、技術者教育、管理部門スタッフ、社員育成一般、営業業務、そして社員サービス部門の管理職と、色々な業務を転々とした。その中でも、ごく短期の仕事以外では、従来の常識にとらわれない、新たな発想で、今までの壁を破る仕事をしてきた。この中で
  「自分の力で新しいことを考えだして、道を拓いてきた。」
ことが、最後まで生き残る力となったと思う。言い換えると、
  「創造性を常に発揮する姿勢
が、仕事への対応力をつけてくれたと思う。なお、担当者としての創造性は、独自の新機軸を自分で作り上げる必要があるが、管理職としての創造性は、他人でも理解できる、思想的なモノを打ち出すことが必要になる。また、部下の新しいモノ、良いモノを見出し育てる力も必要である。このように、同じ『創造性』という言葉でも、要求されているものは違ってくるが、  「自分の中に新しいものを生み出せる力がある。
   それを信じて引き出す。」
姿勢が、最後まで生き残る原動力となったと思う。

 こう考えて見ると、例えば歴史の勉強でも、年号や制度名、人名を覚えるのではなく、
  「なぜその時代では、そのようなことが起こったのか?」
という理由を考えることが重要ではと思うようになった。
 これも、考える姿勢を身に着けると言うことでは、同じことだと思う。数学では、
  「厳密に考える姿勢」
を身に着けるべきだと思う。確かに技術的知識は、知識としてそのままで役立つが、それ以外に、姿勢のレベルで身に着けるものが大きいと思う。

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