ご縁のあった人たち

無料ブログはココログ

« STAP細胞研究論文問題 | トップページ | 博士論文についての理解不足 »

2014年3月12日 (水)

日本の音楽について

 佐村河内・新垣ゴースト問題に関連して、日本のクラシック音楽界の、窮状が見えてくる。つまり、かなり有能な作曲家でも、今回のような売り込み手段を使わないと、売れなかったという現実である。
 しかし、考えて見れば、クラシック音楽は、明治時代に、無理やり導入したものである。鹿鳴館の騒動から、学校教育で大衆に押し付けたことを踏まえて、民衆に根が生えたものであるか、もう一度考えてもよいと思う。
 そもそも日本に根がついていた音楽は、雅楽を始め、謡曲などの舞台での演奏、そして村祭りに皆が歌い踊ったものがあった。
 それを明治の文明開化で、西洋文明を上から押し付ける形で、西洋音階も押し付けてしまった。一方、村祭りに関しては、国家神道という形で、本当に民の親しんだ神様を、壊してしまった。修験道を壊し、仏教徒無理やり分離して、本来の日本の神様のある形を、壊してしまったのである。
 しかし、この民族の求めているものは、どこかで復活すると思う。大阪落語がしぶとく生き残っている。そのお囃子も当然生き残る。彼らは、国の補助金などはあてにせず、自力で繁昌亭を作ってやっている。
 この力の差が、他所からの借り物と、自前の力の差ではないかと思う。

« STAP細胞研究論文問題 | トップページ | 博士論文についての理解不足 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 日本の音楽について:

« STAP細胞研究論文問題 | トップページ | 博士論文についての理解不足 »