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2014年4月30日 (水)

山中教授の記者会見を見て

 先日の京大IPS研究所の山中所長の記者会見を見て、少し違和感を覚えたので記録しておく。
 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140428/k10014091181000.html
 まず、大きな疑問は、この記者会見での謝罪は、誰に対して行ったという点である。まず今回の、会見の発端は、ネット上の論文に対する疑惑表明に対する釈明である。これは、論文が正しいといえば、それで十分だと思う。一方、山中教授自身が、実験ノートの取り方に関して、厳しく言っていた。それができていなかった、という意味の謝罪なのだろうか?これは、どこに対して謝るべきだろう。
 私が、問題提起したいのは、これを評価し、裁くなら、日本の科学界としての、倫理的評価機構でないといけないと言うことである。小保方さんの記者会見でもあったが、科学者の研究上の行動に関して、学者として認められない行動は、学者としての倫理を心得た人間が裁くべきである。また、そのためにしっかりした弁護の仕組みなども必要である。決して、マスメディアの、リンチにさらすべきではない。確かに、N社の医療論文事件は、既に一般人に被害が及ぶ事項であり、マスメディアの追求も必要である。しかし科学者世界の方法論的レベルの倫理問題は、XX週刊誌記者の下劣な質問と、同時に行うべきではないと思う。

 ただし、もう一つ山中教授の釈明に、気になる点がある。それは、

自分自身の実験ノートは保存していたが、共同研究者のデータは全く保存しておらず、指摘された実験に関するデータが示せない状況だ。実験は、中国からの留学生と医学部の学生に手伝ってもらったが、責任者はあくまでも私で、今から思えばすべてのノートを私が持っているべきだった。

という部分である。
 確かに、研究者としての実験記録管理は、リーダーの役割かもしれない。しかし、留学生にとっては、成果を示すノートは貴重な財産である。これを安易に提出させるという姿勢でよいのだろうか。

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