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2014年4月 1日 (火)

日本の教育における教科書の位置づけ

 日本の学校教育は、明治維新の後、後進国として西洋列強に追いつくために、効率的に知識を一般に普及するために、進められた。そこで、力を発揮したのが教科書である。国民として知るべきことを、効果的に記述する。この教科書を使って、効果的に知識付与する。
 しかし、この教科書の権威が、一気に落ちたのが、1945年の敗戦である。今まで使っていた、教科書に墨塗りする羽目となった。この経験は、教科書と教師の権威を、一気に貶めることにもなった。
 このような経験は、直接経験した世代から、それを見聞した世代、そしてその墨塗り経験をした教師と言う立場で、1960年代ぐらいまでは、教科書の権威は、絶対と言うことではなくなった。
 この時代の、企業は戦後復興から高度成長と言うことで、企業自体が大きく伸びる時代であり、終身雇用の正社員を抱え込み、しっかり社内教育で育成する方式が成功した時代である。
 しかし、1970年代の田中角栄の教育会改革などで、学校成績優秀者が多く教員になるようになった。この結果、またもや教科書の権威が上がってきた。そして、あまり化に追いついた1980年代からは、一本調子の成長路線でなく、色々考える時代に入ってきた。さてここで、もう一つ見過ごせないのが、技術系の進歩である。特に電子技術では、集積回路によるディジタル技術の進歩により、教科書の成果がそのまま動くものにつながるようになった。また、コンピュータシミュレーションの高度化などから、大学院までの学習成果と高度の基礎知識が、ある程度仕事に生きるようになってきた。
 つまり、1990年代ごろから、技術系は院卒の採用が、企業側でも有効になってきた。
 これに合わせて、18歳人口激減期を迎えた、大学の政策で、大学院重点化がおこなわれるようになった。
 しかし、文系の大学研究が、企業に直接結びつくのは、例え経済経営等の場合にも、工学と違って上手く行かないのが、現状である。
 このような教科書知識が、使える理系と、使えない文系と言う図式も、就活において少し考えるべきではないかと思う。

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