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2014年4月 1日 (火)

日本の大学と勉強の関係

 「なぜ日本の大学生は、世界でいちばん勉強しないのか?」を読んだ。
確かに、企業・学生・大学の関係で、勉強しようとしない、負のスパイラルができていることの現状記述はよくできている。
 しかし、理由についてもう少し踏み込んでほしかった。また、理系と文系での違いについても、議論が欲しい。さらに、自主的に考える勉強と、教科書通りの答えを出す勉強の切り分けも欲しかった。
 私の考えでは、日本の大学、特に文系の勉強と、企業の関係に関しては、第2次大戦後の日本の特殊性、敗戦国の問題と冷戦構造に組み込まれた、特殊な条件を考えるべきである。 まず敗戦国と言う条件では、戦中に戦争協力していた、教育界の口ぬぐい問題がある。小中学校に始まる、教科書墨塗り事件は、教師の経緯を貶めた。しかし、それ以上に教育界に起こったのは、戦時中に『国威高揚』などいろいろ頑張った人たちが、とたんに多く転向した事実である。
 この人たちは、『神国日本』などと、非科学的なことを言ったことを、忘れるためか非常に『科学的』な議論がお好きになった。この人たちにとって、「マルクス主義的XXX」(XXXには経済や歴史などが入る)の研究姿勢と言うのは、科学的で望ましいものと見えたらしい。

 更に、冷戦構造では、アメリカに対し圧力をかけるため、日本国内に一定の「マルクス主義万歳」の世論を引き起こし他のは、吉田茂の戦略である。つまり、
   「日本への援助が減るとソ連になびきますよ」
とアメリカを脅迫したのである。この発想では、大学にマルクス主義の研究を行わせることは、都合の良いモノであった。さらに皮肉な言い方をすれば、戦後の特高等のやり方を、自ら被害者として熟知している吉田茂にとっては、
   「共産主義者は自由主義者より転向させやすい」
と言う経験則も、頭にあったのではないかと思う。つまり、自分の主義主張を持つ自由主義より、『教育勅語』を『共産党宣言』に差し替えた、『マルクス主義』が、御しやすいと考えた可能性は少なくない。

 さて、このような大学教育を受けた人間は、企業で仕事をしたのであろうか。実に、多くの学生は、『マルクス主義的XXX』教育を受けても、見事に企業戦士に生まれ変わったのである。但し、ここで企業側にも
   「大学で学んだことは無視」
と言う考えがあった。実際には、入社後の24時間密着体制の、先輩後輩関係で伝授される、仕事の仕方KnowHowなどで、日本的経営の成果などともてはやされる、1980年代までの成長を遂げたのである。

 このように、企業が大学の教育を無視していたのは、歴史的な伝統があることを考慮しないといけない。



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