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2014年4月 2日 (水)

昨日の理研の発表を見て失望

 昨日のSTAP細胞論文に対する、理研の発表には、ある程度予想通りの内容であったが、失望した。しかし、反面教師として、管理者の心得としては、色々使えそうなものがある。
 まず、今回の報告では、

小保方リーダーによる「改ざん」と「捏造」があったと判断し、意図的な不正行為があったと認定した。

とある。ここで「意図的な不正行為」と言う表現の裏には、「他の人間は騙されても仕方ない」と匂わせている。つまり、理研の組織としては、正常だったのに、「悪い研究者がいた」と言う、個人責任で逃げ切ろうという意図が見え隠れする。トラブルが起こった時、個人に責任をかぶせて、トカゲのしっぽ切りで逃げる。流石は、再生医療研究の一大拠点である。

 さて、今回の研究において、指導者たちは何をしていたのであろうか?少なくとも、STAP細胞に関して研究するとき、以下の反論は考慮しないといけない。

この細胞は、本来生物が持っていた、万能性を有する細胞ではないか?
つまり、今回の発見は、元からあった、万能細胞を抽出する手法を見出しただけではないか?

これも、大成果とは言えないが、成果ではあろう。少なくとも、この程度の反対仮説に対して、反証的な研究と言うか、実験を行った形跡はない。小保方氏は、確かに研究者としてはまだ幼く、思い込みも激しいだろう。しかし、指導者として連名するなら、この程度の反証とそのためのデータ整備ぐらいの指導は、行うべきであった。
 このような指導を、行うことができなければ、研究者の管理などできるとは言えないと思う。
 管理職一般の問題であるが、部下の思い込みに対して、広い観点からの指導は、基本的な仕事である。
 今回の教訓として、活かすべきことである。

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