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2014年5月22日 (木)

教科書的な世界と現実への対応力

 先日は、韓国の沈没船事故に関して、原因の深堀が必要であると、書いた。そこで私の意見は、以下のとおりである。

  1. 韓国社会は、アメリカ的民主主義を、押し付けられて受け入れた世界である。
  2. その結果、教科書的にアメリカ資本主義と民主主義を受け入れた。
  3. 教科書的に受け入れた知識は、現実との適合性を吟味せずに使用してしまう。
  4. 元来、韓国は中華文明を、そのまま受け入れてきた。
  5. 特に科挙制度を長期にわたり受け入れた。このため中国の教科書通りに考える人間が、国を動かすようなった。
  6. 教科書通りいかなかった場合には、どこかで悪役を作り、犯人捜しを行い、そこにすべての責任をかぶせる。(最後は大統領を生贄として殺す。)

 こうしてみると、例えば、会社経営に関して教科書の字面での理解では、コストを下げて、利益を生むことが正しい。そのためには、船舶などへの投資を抑え、一回で運べる貨物を最大化し、船長は給与の安い雇用条件で~~となる。更に、船長は、救命ボートが準備できなければ、船にとどまれと指示をする。

 このように、現実に対応した処理ができない人間をつくるのが、教科書世界への過剰適応人在の状況である。確かに、大量企画生産などの場面では、このようなマニュアル人間、指示待ち人間が、多数存在して、少数の意志決定者の指示に従うことが、効率の良さを生んでいた。

 しかし、変革期や事故発生時には、各自の判断で行動することが、必要になる。そのためには、現実に即した処置を行う必要がある。これを行うためには、常日頃から、抽象的な教科書理論と、現実との突合せを考える必要がある。なお、自分で理論を作り、証明する体験をしたら、理論お限界も弁えている。このような現実の多様さを認識することが、教科書的知識の暴走を防ぐ一つの手段だと思う。

 もう一つ教科書知識が過剰になり、完備しすぎると、形式主義になる。形式の不備だけで、問題追及となり、本質を忘れた議論になってしまう。STAP細胞論文に関しても、このような側面があると思う。確かに、論文としての形式では、問題が多すぎる。しかしながら、細胞存在と言う大きな問題への解決が、形式論だけで停止させられているのは、大きな損失だと考える。

 怪我して、出血している時、医者にかかったら、その医者が止血用の、ガーゼの形について、どれが良いという議論を始めたら、どのようなことになるだろう。そのような、本質以外の議論を、患者を前にしてやってほしくないのが本音である。

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