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2014年6月27日 (金)

学校教師の多忙について

 昨日の朝日新聞を見ると、学校の先生が多忙、と言う話が出ていた。
 http://news.yahoo.co.jp/pickup/6121049
 この話で一つ、会社での経験で言わせてもらうことがある。会社で、新入社員の受け入れをした経験だが、今の大学を卒業したからと言って、とても文書処理を効率よくできるとは考えられないと言うことである。私の見た新人だけが、特にひどいと言うことではない。
 しかし、学校社会では、新卒の教師の文書作成などの訓練はどの程度かけているのだろう。私が見たような、処理スピードなら、残業の山となるのは目に見えている。
 しかし、これを見ると日本の学校教育は、本当に実学を無視しているなと思う。中学高校の現代国語の教育は、変な文学青年崩れの教師に、官製感動を押し付けられた。特に高校では、これで感動しないのがおかしい。などと言う調子で、詩や文学的文章と突き合わされていた。この時間を、まともな論理的な文章の読みと作成に費やせれば、もう少しましになったのではと思う。
 そして大学でも、高尚なことは教えても、実務的な面は、研究室での徒弟制度的伝承ぐらいである。
 このような制度でありながら、建前として、大学を出れば一人前と言う。これが文部省直轄の教師世界のひずみではなかろうか。
 残業時間の話をする時は、業務管理能力と、個人の業務処理能力、そして設備投入をバランスよく見るのが、経営管理の役割である。学校において、この役割は誰がしているのか、誰もしていなければ、長時間残業は当たり前となる。

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コメント

◆公立学校のPC普及率を見ても、学校の先生たちの事務処理能力は高いとは思えません。若い世代が増えてきて、少しはましになってきているのでしょうが、IT関連の知識もお粗末なものです。また、授業もその他の雑務も、個々人が独力で習い覚えて行かねばなりません。職場での知識や知恵の伝達が無い、特殊な世界です。学校内でのいじめや体罰、教員の不祥事問題の原因を、「仕事に忙殺されるためのストレス」に求めるための隠蔽工作でしょう◆日本の国語教育は、子供たちを戦後サヨク思想で洗脳するための「思想教育」だと思います。明治どころか、昭和もはるか遠い時代になりつつある今、戦中の日本人の生活や風俗の知識など、教える側である昭和30年代生まれの私も、二次情報がほとんどです。今の子供たちには、「異国の歴史」のようにしか思えないでしょう。おっしゃる通り、「まともな論理的な文章の読みと作成」こそ、民主主義の基幹となる重要な日本語教育だと思います。

コメントありがとうございます。
国語教育を、左翼思想の思想教育と言うのは
文部科学省の等の指導力の過大評価とも思います。
そこまで思想はなかったような・・・
戦後の時代を生きた人間は、戦争責任から逃げまわる
程度のこととしか見えてきません。
例えば、学校の先生たちが、生徒を軍人として送り出すことに
注力していたかなどは、ご指摘の2次情報には残っていないでしょう。
その反動と見ています。
論理的文章に関してはご指摘の通りです。
論理的な文章の読み書きがきちんとできれば、成績はかなり上がりますね。

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