ご縁のあった人たち

無料ブログはココログ

« コピペ禁止の前に | トップページ | 子どもに宿題をさせるために »

2014年7月28日 (月)

仕事で生きる学問とは?

 昨日、コピペ禁止の話をするなら、大学で学ぶことが、今後の生活で役に立つか教えるべきと言う議論をした。
 http://manabizz.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-0a7a.html
 すると今朝の日経BPに、ITエンジニアの人財不足の話が載っていた。
 http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20140710/268466/?P=1
 この話には、色々な側面があると思う。一つには、SIの技術者には、単なる技術だけではなくお客様、そしてその後ろにある社会の可能性と言うか、潜在的な欲求にも向き合う必要があることを指摘しておく。つまり、深い専門知識と、広い教養の両面が必要である。技術者でありながら、文系の一般教養がきちんと生かせる人間でないと、大成することは難しい。
 さて、もう一つの側面は、この記事で書いている、個人学習の必要性である。これに関しては、上記記事を書いた人も理解していない側面があると思う。それは、知識とスキルの区別である。知識というものは、伝達して付与することができる。しかしスキルは、繰り返して自分で身につけないといけない。この区別を理解すると、集団学習の限界が見えてくる。但し、ここで注意しないといけないのは、知識の重要性である。スキル訓練は、繰り返し一人で行うといっても、最初の方向付けは、しっかり教えておかないといけない。気付きを与えることは、集団的学習でも可能である。ある種の権威を持って教えることも、方向付けには効果があることも指摘しておく。
 このように、知識を付与された後、それを自分のモノとするためには、工夫し繰り返し習練しないといけない。そこで、40年ほど前に私が色々味わった、会社で生きる知識の習得について、書いてみよう。当時私は、8080マイクロプロセッサを使って、組込みソフトウエアを作っていた。最初は、命令表に従って、組み合わせたプログラムを書くだけであった。しかしながら、トラブルは多く発生した。当時のことなので、デバッグの環境などもよくなく、いきなりROMに書いて試験と言うこともあった。そこで、私がやったことは、プログラムの1命令ごとのレジスタ、メモリの動きを手で書きながら、プログラムの実行を追跡することを、何度も繰り返すことであった。こうしていくうちに、頭の中に8080ができて、命令を読めばそのプログラムが動くようになってきた。これが一つのスキル習得のパターンだと思う。
 当時は、PASCALと言う言語を使えば、ソフトウエアの開発問題は、すべて解決する、などの噂が飛び交った時代である。私も学生時代に、PASACALや「系統的プログラミング」については学んでいた。しかし、皆がPASCALを読めるなら、レビューが効果的にできるだろう、と言うレベルの醒めた見方をしていた。一方、構造的プログラミングは、アセンブラなのでjumpは必須だが、ループが混じらないという、原則はきちんと守るようにした。このような経験で、学校知識を現場で生かす良さを学んだと思う。
 なお、文系の知識の生かし方に関しては、ヘイグの「理論構築の方法」、ヴィーコの「学問の方法」、ポランニーの「暗黙知」、そして一般意味論の知識を、使えるために30年以上格闘してきた。ここで身についたスキルは、ストーリーを作ってシミュレーションする方法である。このブログのまとめ的なHP『新勉強の方法』にも色々なストーリーを作っている。これも結局は、プログラムを頭の中で動かすことの応用かもしれない。
 しかし、知識を使える知恵とする一つの手法として、皆さんの参考になれば幸いである。

« コピペ禁止の前に | トップページ | 子どもに宿題をさせるために »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 仕事で生きる学問とは?:

« コピペ禁止の前に | トップページ | 子どもに宿題をさせるために »