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2014年8月10日 (日)

人が悪いのか、成果が悪いのか(小保方晴子氏叩き)

 STAP細胞に関する議論のなかで、特に大学関係者の発言で目に付くのは、

「まともな論文も書けない小保方晴子にこれ以上研究をさせるな。」

と言う形の議論である。これは、企業社会の常識では受け入れにくい。つまり、

「黒い猫であろうが、白い猫であろうが、ネズミを捕ればよい。」

と言う発想である。もっと言えば、欠陥のある人間でも、一つの良いところがあればそれを伸ばし、他の人間と補い合わせる。これが、管理の妙であり、組織としてのアウトプットである。

 確かに、小保方晴子氏に論文を書かせれば、思い込みが激しくて、論旨が無茶苦茶と言う可能性は否定できない。しかし、実験成果はこれで否定できるものではない。確かに、しっかりした管理者の元で行う必要はあり、データの公開などはきちんとすべきであろう。ただ、この中から何かの『宝』が出てくる可能性は高い。

 一人の人間の全人格を否定するのではなく、機能としてきちんと評価すべきだと思う。
 なお、全人格評価と言うことばは、「見えざる大学の一員」に関連している。つまり、彼らが「見えざる大学の一員」として認めた者にしか。研究と言う聖域に入れさせない。
 これが今回のSTAP論争に関する、学会関係者などの発言にも感じられる。
 これが、企業などともっと交流のある、情報系などの学界なら、もう少し雰囲気が違うと思う。

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