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2014年8月21日 (木)

科学の政策をだれが決めるのか?(続編)

 昨日の記事に関して、Inoue氏からまた貴重なコメントを頂いた。特に、日本でも前に議論した「すべてのアメリカ人のための科学」を下敷きにした科学技術のあるべき姿への検討があるという指摘は、私の不勉強と言うことで反省しない行けない。
 http://www.jst.go.jp/csc/archive/s4a.html
 しかし、この検討書を見ても、日米の温度差を感じる。日本の議論は、
  「若者の科学離れ」
対策が主体であり、もっと言えば
  「文系志願者を理系にするには」
と言う問題提起が母体にある。つまり日本の勉強熱と言うか、進学熱は十分あるという前提での議論である。一方、アメリカの議論は、
  「学問することの重要性を一般まで広げる」
と言う問題意識を感じる。この点、日本はまだ甘いと思う。ただし、私が『進学熱』と書いた問題点はあると思う。つまり、学問への情熱で大学に行くのではなく、「XX大学生」と言うブランドを入手するための進学が少なからずある現状である。この一つの副作用は、自分お力をつけるための勉強でないので、できるだけ手抜きで単位を欲しがり、コピペが蔓延すると言うことになる。
 最初に挙げた、"科学技術の智"プロジェクトの成果などを使って、もっと勉強する意味を世間一般に知らせることが必要ではないかと思う。
 この話と関連するが、民主党の時代の事業仕分けで、科学技術関係の予算が削られた。この時、なぜこれが必要か、の説明ができなかったという指摘がある。
 「頭の良くない、民主党議員などに解るか!」
と言う、反論はあるかもしれない。私も、民主党政権のやったことを考えると、「頭が良い」とは、とても言えない。例え、工学博士号を持っている某首相でも、一国のかじ取りを任せるに足りる知性とはとても思えない。
 しかし、それでも
 「なぜこの科学研究が必要か」
を一般大衆の理系を得るための努力は必要だと思う。
 "科学技術の智"プロジェクトが、ICUの先生が主体になっているのは、意味深いと思う。ICUや東大は、まだ教養的学問を軽視していないからである。しかし、その先生がもっと前面出て、科学全般の重要性、必要性をもっと知らしめて欲しいと思う。

 なお、
  http://www.jst.go.jp/csc/pdf/s4a06.pdf
では、
  「哲学は科学者の下働きをなす」
と言う趣旨の記述がある。
 今回のSTAP細胞に関しても、どなたか科学哲学者が、以下のような指導をしていたら、もう少し変わったのではないだろうか。

お穣ちゃん、貴女が変わった現象を見つけたのは解りました。貴女は従来の生物学の解釈とは、大きく変わる解釈が出しましたね。このような科学革命を行うには、他の解釈からの反論に耐えるだけの、しっかりした研究方法論が必要です。おじいさんの言うことをよく聞いて、論文を見直しなさい。論理展開などはもう少しきちんとしないといけませんよ。

また、科学哲学の立場で、この騒動に対して、仲裁などを行う。このような動きがないことが、残念である。昔の京都の、西田幾多郎等の、哲学者で誰もが名前だけで平伏する先生が見えてこない。
 村上陽一郎先生あたりを、文部科学省や東大がもっと大事にしていたら、流れが変わったのかな?

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コメント

http://www.unique-runner.com/blog/diary.cgi?no=221
"論文内容についての議論で“再現性”という言葉が使われる。今回のSTAP細胞の再現性もあまり高くないと当初言われていたように思う。もしそうなら、他の研究者が再現実験を試みてもそう簡単にいかないことは十分に考えられる。それをもって再現性に乏しいと非難するのが正しいのか、そのような微妙な実験条件でしか生まれない興味津々たる現象で、一刻も早く公表しなければならないものだと認識するのかは議論の分かれるところであろう。"
とあり、また
http://www.kana-science.sakura.ne.jp/about-kagakudo/works.html
の論文の内
http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/53769/1/JJSC14_001.pdf

http://www.jaist.ac.jp/fokcs/papers/S_paper_Okawa.pdf
特に、後者の論文の中にもある
"自浄作用には限界がある.""利益相反"、"外部責任論"
をどうしていくかでしょうかと思われます。

Inoue様
何時も参考になるページのご紹介ありがとうございます。
私も、2月~5月くらいの理研の対応には、かなり不満があります。
自浄作用と言うには、少し問題があると思いました。
もっとも周辺のパッシングの方がひどすぎました。
科学と社会の問題として、考えないといけないでしょうね。

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