ご縁のあった人たち

無料ブログはココログ

« 2つの百貨店について | トップページ | 総合職の責任について »

2014年9月22日 (月)

現場の育ちと事務所の育ち(決定力の違い)

 先ほど見た日経BPの記事に、「修羅場型人材」と言う話があった。
 http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20140918/271459/?rt=nocnt一部引用しておく。

 これも以前のコラムで書いたことがあるが、私自身、航空会社に勤めていた頃、航空機事故が発生し、その対応で大混乱する状況の真っただ中にいたことがある。驚かされたのは、こういう状況で力を発揮するのは、普段はあまり目立たず、出世頭というわけでもない現場上がりの方々が多かったことだ。

 現場の動きを隅々まで了知しているだけでなく、何があっても動ぜず、その時その時に必要なことを判断し、場合によっては、周囲を怒鳴りつけてでもその方向に向けていく。

ここで書いている、現場上がりの人が混乱した状況の中で、力を発揮するという話であるが、この原因をもう少し考えて見たい。

 まず平常の仕事の仕方を考えて見よう。現場のリーダークラスは、自分の仕事に必要な情報は、狭い範囲ではあるが、一応与えられている。そして、常にその中で必要な意思決定を行えるようになっている。一方、事務所などの作業者は、常に自分思っていない情報の存在を、意識して作業しないといけない。例えば一つの提案をしても、上司が別の観点から意見を出す。また他部門との調整などから修正が入る。こうして、総合的に見てバランスを保つようにしつけられるわけである。「和を持って貴しとなす」行動を、特に有能な人材ほど、叩き込まれるのである。

 このような育ちをした人間に、緊急時に独断専行を行えといっても無理がある。さらにもう一歩踏み込めば、このようなホワイトカラーの世界では、権威の一つは、他の人間が知らない情報を持っているということである。部下の知らない情報を持っていて、部下の提案を潰す。これで、上司の権威を保つと言うことも、実力不足の上司は少なからず行っている。ただし、前例の力で、大損失を免れる場合もあるので、このような前例を知っているという力を、無視してはいけない。

 さて、話を戻して、なぜ現場上がりの人間が、修羅場で力を発揮するか、理由が見えてきたであろう。つまり、彼らは
  「自分の思っていることだけで判断する」
ことに慣れている。一方、有能と言われたホワイトカラー人材は、
  「常に自分の不足を考える」
訓練を受けているから、迷いが生じるのである。

 しかしながら、現在は変革の時期であり、色々な修羅場が生じている。その時には、ホワイトカラーも自分で決断をしないといけない。そのような時、私が提案する処方箋は、常日頃から、全体像を描くことである。何回も書いているが、A3用紙に関連項目を全て書いて提言書を作る。このような訓練を行っていると、全体を見た上での判断ができる、確かに間違うかもしれないが、それは謙虚に修正したらよい。

 単に、
  「教科書に描いているから~~しろ」
ではなく、全体像を持った人間の判断は、それほど間違いのないことが多い。

« 2つの百貨店について | トップページ | 総合職の責任について »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 現場の育ちと事務所の育ち(決定力の違い):

« 2つの百貨店について | トップページ | 総合職の責任について »