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2014年9月19日 (金)

我が国の経営学とは?

 先日、日経BPのHPで、リーダーシップに関する話を見て、何かもやもやしたものが出てきた。そこで少しアイデアが出てきたので、忘れないうちに書いておく。
 まず最初のもやもやは、この記事から出た。
 http://business.nikkeibp.co.jp/article/skillup/20140910/271086/?P=4&mds
 完結していない講座に対する批判は、余りすべきではないが、私がこのページを見て反発を覚えたのは、
 「戦略などを簡単に記述できるのか?」
と言う疑問を持ったからである。確かに言葉で書くことのメリットはある。しかし言葉で書けないもの、ことばで買うことで落ちていくものがある。また、ことばで書くことばかり強調すると、本当に必要な人材を、排除するのではないかと言う不安もあった。
 これに加えて、同じ日経BPのHPに別の記事が載っている。
 http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20140912/271189/
 http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20140912/271202/
こちらの記事の方がまだ、納得いく部分が多いが、まだしっくりこない。但し、この記事の
 「日本の企業はミドルに実質的な力」
と言うことばで、一つの切り口が見えてきた。
 前にも書いたが、日本の企業には、固有の知識が存在し、それが大きな力となっている。このような知識が、ほど良く全体像として握れるのが、ミドル層の現場管理職である。現場に近く、しかも経営的な要素も見ることができる。その立場で全体像を自分で作って判断する。
  http://manabizz.cocolog-nifty.com/blog/2014/09/post-ba42.html
 このような力があれば、日本のミドル管理職に、力が集中する理由もわかる。
 なお、欧米型と日本型の思考方式の違いについては、天台摩訶止観の3つの止観が結構本質をついていると思う。つまり、本質を悟る止観には、3種類ある。一つは漸次、二つは不定、そして三は円頓である。ここで、漸次とは段階を経る方法で、西洋的な学問体系は多くはこれである。不定に関しては、不安定な理解と言うことで、実際の学習段階ではよくあることだと思う。一方、円頓と言うことは、そのものの本質を一気に悟るということである。円と言う言葉で、すべてを包むと言うことを表現しているように思う。
 日本的な理解と言うのは、実は此の円頓を求めている。しかしながら、西洋学問では漸次の理解形式になる。そしてそのために、階層的に解りやすく言葉で表現することを、指導者に要求する。一方、日本的な部下は、指導者についているうちに、いつか全体像を習得していく。これも円頓の世界である。
 このように考えると、日本的な経営学というものが少し見えるのではと思う。

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