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2014年10月 4日 (土)

データが大切か処理が大切か?

 ベネッセの情報流出事件などから、大量のデータの重要性が、話題になっている。つまり、IT関連の業務では、情報処理と言う言葉が示すように、処理側の能力が重視されていた。ソフトウエアの業務では、まずプログラミングと言うのもこの流れを示している。データベースに関しても、データベースの管理プログラムや、アクセス環境を重視し、その中に入るデータは、単に入っている物と言う感じであった。もっと言えば、ソフトの管理者や、プログラムを作る人間は高給取りで、データの入力は、そこそこの給与で抑えておけと言う発想もあった。
 しかしながら、ソフトウエアの無いコンピュータは、単なる荷物であるように、データの無いデータベースは、使い道のない代物である。そこで、顧客情報などの大量のデータを収集し、蓄積し、整理しておくことは、貴重な財産になる。また同業他社も、情報活用のレベルが上がってきたから、他者の顧客情報を読み取り、使う下地もできてきたと思う。もっとも、ダイレクトメールを送りつけるだけなら、余り知性なしでもできる仕事だが、データの重要性に着目した点は、少しは頭を使った仕事である。
 このように考えると、ベネッセの情報流出問題は、情報を使っている企業全般に関して、大きな問題提起をしているように思う。確かに、1件1件の情報自体は、それほどの価値を示すことはない。但し、流出した時は、1件でも致命傷になる。そして、この登録作業は、単純作業やマニュアル化しやすい作業である。しかし、作業の重要性は、しっかり認識しておかないといけない。ここで企業経営者は、技術的な難易度のみで、処遇を決めてはいけないという、基本的なことをもう一度考えるべきである。会社にとって重要な情報を扱うには、正社員としてしかるべき処遇を考える。このようなことを考えずに、安易に外注する。これが、情報流出事件の、一つの原因になると思う。
 さて、データと処理と言う問題を、勉強と言う切り口で考えて見た。勉強において、単に知っているという話は、データの蓄積である。これを使いこなす、処理能力が必要である。意味を考えて、論証する。このような処理能力の訓練が本当に必要である。
 データと処理、両方の重要性をバランスよく考えることが大切だと思う。

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