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2014年10月 6日 (月)

会社生活での幸福と不幸

 会社生活を振り返ってみると、いろいろ考えることがある。
 そこで、色々な経営や管理に関する本を見ていると、勤めている人間の幸福感と言うような、観点での記述が少ないように感じた。特に日本の論理的な学者の本に、そのような側面を感じる。この理由として、私はマルクスの亡霊を感じる。もっと踏み込めば、ニュートンの亡霊かもしれない。つまり、物理学帝国主義の影響で、科学的な学問を求める。そうすると、マルクスの作った定式化は、かなりすぐれたものであり、その影響を避けることが難しくなる。
 そして、その定式化から外れた要素が、考慮されなくなっていくのではと思う。
 さて、会社生活では、他人の感謝や評価による、満足感と言うのは、金銭的な報酬と同程度か、同程度以上の幸福感を与えたように思う。なおこれは、最低限の生活保障がされた上での話である。給与の平等性を主張する中には、評価と言う側面がある。皆が一律に下がると言う時の不平は、あまり多くない。一方、昇給があっても、自分だけが低いと言う時は、不満が残るものである。
 このように会社生活では、正しい評価が、満足度を左右する。ただ、私の経験では、実力相応の評価を得た人間が、長期的には幸せになると思う。確かに、短期的に評価の凸凹があっても、長期的に実力にふさわしい評価を得ることが、個人の幸せになる。実力以上の評価を得た人間は、どこかで無理が生じる。そして心身を壊すことが多い。実力以上と言うことで、他人から突き刺さる視線でも、長い期間では傷つくものである。当然、実力以下の評価を受けると、人間は腐っていく。但し、自分の力を過信する困った人間もいる。これはどうしようもない。
 自分を客観的に評価する。そして、正当な評価を受けるように、人間関係を良くしていく。これが、幸せな会社生活を送る王道ではないかと思う。

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