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2014年10月31日 (金)

責任を自覚するエリート教育とは

Inoue氏の提示資料のうち、以下の資料の5ページ目の議論は、少し考えるものがある。
http://www.flib.u-fukui.ac.jp/kiyo/2002/teraoka.pdf
この中で、和田秀樹氏の意見として、

 「ポスト学歴社会の選択として、勉強する子にひっぱっていってもらうか、もう一度勉強するようにエサや強制力を与えて受験勉強を復活させるか、どちらかしかない。しかし前者を選択するとすれば、貧富の差は拡大し、国民全体の教育レベルは確実に下がり、治安も悪くなり、製造業立国から降りざるをえないという問題があり、後者の選択しかない。」

と言う一節がある。これは著者(寺岡英男)氏のまとめであり、和田氏の直接資料からとっていないので、ここで論評するのは手法としては不適切である。

 しかしながら、この「和田秀樹的見解」が、現在の東大卒などのエリート層の一部に、共通するモノがあるように感じる。つまり、『できる人間が引っ張る』と言う発想に対する拒否である。これは、一見平等主義でよいように見えるが、現実社会では、色々な立場の人がいる。その人たちを生かすのが、総合職・管理職そして経営者の仕事である。
 この責任を感じさせる教育が、必要ではないかと思う。総合職の採用は、既得権益の保証ではない。重荷を負うという、責任の始まりである。このことをきちんと認識してほしいと思う。

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