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2014年10月18日 (土)

多様性の対策について(続その2)

 さて、技術者教育と言うことで、研修部門に異動になったが、この部門は総務部門に属していた。つまり、人事屋と言う、事務屋の中でも特に文書に厳しい業種に、囲まれることになった。そこでカルチャーショックを受けることになる。
 まず事務屋の世界では、文書の作成に非常に気を使う。しかも論理的と言うことが、厳しく言われる。一方、こちらはコンピュータのプログラムを通じて、論理と言うことに関しては、人一倍敏感な人種である。しかし、彼らの言う論理と、私の論理とはかみ合わない。この理由は、私が後に社員教育全般を見る立場になって、初めて分かったが、コンピュータの論理は、数学の証明のような論理である。定義、公理から証明していく論理である。一方、事務屋の論理は、法律の世界の論理である。つまり、一般的原則を、具体例に当てはめていく、この展開を論理的と呼んでいる。私は、人工知能の研究を通じて、パースの記号論などを少しやっていたので、これに早く気付くべきであったが、なかなか理解できなかった。
 もう一つ、文書作成で重要だったことは、1枚の様式にまとめる作業である。MECE(もれなくダブリなく)の実現と言うことが、後に解ったが、これもプログラムの全行を解読し、細部にこだわる思考を身につけた私にとっては、苦難であった。実は、このような1枚にまとめる作業を通じて、関連事項への配慮や、価値観などを表現できると解ったのは、つい先ごろである。
 実は、私の学んだ分野が、機械工学ならば、このような文書に関しては、比較的容易に習得できたと思う。機械工学では、全体図の記述を重視するし、上手く細部を省力し、階層化する図面と考え方を訓練している。また、コンピュータの分野でも、ある程度熟した分野なら、このような階層化ができている。しかし私の時代は、すべて手作りの平板な世界であった。
 また、事務屋にとっては、私が技術屋であり、技術のことなら何でも分かると、考えていた。これも苦痛であった。正直言って、コンピュータのソフトウエアしか知らない人間に、三相交流などの重電の世界や、機械工学の話など持ち込まれても理解できなかった。それどころか、時代の変化で、インターネット化する動きにも追従できていなかった。
 その後、業務は変化し、スタッフ業務などを経験しながら、1枚の文書にまとめることは、何となくできるようになってきた。
(続く)

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コメント

閑話休題の意見として

http://www.jsme.or.jp/pes/English/Newsletter/Pdf/news27.pdf
"電気の世界はほとんど計算の世界と実世界とが一致する。
電気系の人間は、世の中も計算通り動くはずだ、と深層心理で思いこんでいる節がある。化学系の人間は、所詮世の中は理屈通り行かないものだ、と深いところで諦観している風がある。
電気系との違いは、その世界観が身の丈にあっていることだ、と思う。電気系の人に、無効電力とは何か、と聞いてみれば良い。ちんぷんかんぷんの例え話しか返ってこないだろう。その点、機械系の人に凝縮器とは何か聞いてみると、たちどころに紙の上に図面が描かれ、日常的な例え話でも十分理解できる範囲で説明してくれる。
機械系でも、本当に理解するには、抽象度の高い概念をあやつれることが必要なようだが、電気と違って抽象的な概念とセットになっている具象の世界が目で見、手で触り、耳に聞こえるものなので分かりやすいのだろう。言語(=論理)中枢が視覚・聴覚・運動感覚と共に形成されることと関係しているのではないか、と推測している。電気となると、いわば純粋なエネルギーなので、日常感覚で捕らえようがない。
現実の世界は様々な要素が多様な関係で相互に影響しあい依存しあって存在している複雑系である。今は環境問題が大きな課題だが、これも複雑系の問題である。機械系・化学系・電気系で環境問題を議論すると、それぞれ目のつけ所が違い、解決策を考える論理手順が違う。お互い辛抱して相手の世界を理解すれば、本当に複雑な問題を扱っていることが分かり、楽しい議論になる。これに生物系・医学系・哲学系の人間が加わるとますます楽しい議論になる。"

http://www.jfps.jp/ryokuin1208/pdf/R.pdf
"両者の図的表現の概念の違いにより,制御系技術者と機械系技術者のシステムモデル構築に対する意識の違いを生み出している."

http://books.google.co.jp/books?id=GKlQRnLlYtoC&pg=PA22&dq=%E6%A9%9F%E6%A2%B0%E7%B3%BB+%E9%81%95%E3%81%84+%E6%A6%82%E5%BF%B5+%E5%9B%B3%E9%9D%A2&hl=ja&sa=X&ei=nLhDVJSwGKPAmwWQloDAAg&ved=0CCIQ6AEwAQ#v=onepage&q=%E6%A9%9F%E6%A2%B0%E7%B3%BB%20%E9%81%95%E3%81%84%20%E6%A6%82%E5%BF%B5%20%E5%9B%B3%E9%9D%A2&f=false
"機械や建築物の図面は、基本的には「もの」を紙面に描いています。つまり、図面を見ればものの形が分かります。
回路図は、概念を与えるもので、ソフトウェアと極めて近い性質を持っています。"

才能のあるもの、人の何倍も仕事をする者を嫉む
http://petit.lib.yamaguchi-u.ac.jp/G0000006y2j2/file/8790/20120312180315/C050050000201.pdf (p.13)

http://petit.lib.yamaguchi-u.ac.jp/G0000006y2j2/file/9303/20120312163649/C050053000305.pdf (p.11)
http://petit.lib.yamaguchi-u.ac.jp/G0000006y2j2/file/8957/20120312180311/C050050000101.pdf (p.14)
手作業の技術が高度かつ、生かせる環境にあった

http://www.jttas.or.jp/dcument/z220802.pdf
日本では、技術と技能は同じ意味を持つ言葉で、学者においても、学問と技術が一体化している。日本では、具体的に目に見えてわかりやすい、ものづくりの教育が重視されたのも、また、当然のことである。

https://www.ryukoku.ac.jp/about/pr/publications/54/zadan.html
研究者の抽象化した提案と実務家の具体的な経験とが相まって
ずっと研究をしていた人はもっと形而上学的、現実はもっとどろどろした形而下学的。

http://www.jabee.org/public_doc/download/?docid=2091
(p.3~4)
講義、演習、実験、実習、討議、PBL 等を適切に組み合わせた 「体験⇒省察⇒抽象化⇒体験⇒・・・」の経験的学習サイクルを実現

Inoue様、色々と興味深い情報ありがとうございます。
どれも、一つ一つ深堀すれば、色々な物が出てくる話題です。
ただ、今の話を先に完結させたいので、ゆっくり議論させてください。

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