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2014年10月28日 (火)

大学が就職に役立つ

 Inoue氏より頂いた、お題に関して、最後の一つは指摘事項とはずれるかもしれないが、大事な話なので、ここで書いておく。まず元のコメントはここである。
 http://manabizz.cocolog-nifty.com/blog/2014/10/post-9815.html#comments
 一方、私が議論したのは以下の資料である。
 http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/061/gijiroku/__icsFiles/afieldfile/2014/10/23/1352719_4.pdf
 なお、元のコメントでも、この資料に対する反論的ブログを、2つ提示されていることも、付記しておく。

 さて、この資料は結構独断が多いが、確かに一部は同意する部分がある。企業の在り方を一律に考える。特に東京中心の大企業と、一部の華やかなベンチャーだけを見るというのでは、見落としが生じるのは確かである。ただ、この資料の分け方でよいのかと言うと、少し首をひねるものがある。本質的に、関西人の私たちは、地方に住みながら、世界を相手にするというのが好きである。もっと言えば、いわゆる田舎にありながら、オンリーワンで、世界中と闘う会社が好きである。
 この資料の見方なら、グローバル企業は、基本原理から勉強した人財をいれ、ローカル企業には、そこそこのハウツー教育で人材を、供給したらよいという風に感じる。この発想は、戦後の追いつきモデルの発想である。一方向の成長なら、トップ企業に苦労して突破させる。その後、各社が『マネシタ』方式で追従する。大手企業は、適宜下請けに仕事をばら蒔くことで、地方まで潤うという、単純なモデルである。これは、戦場で言えば、全体を一つにまとめ、魚鱗の陣で、突破していくという戦いである。この時は、中央に精鋭がいたらその他は、大勢と言う形で良い。
 しかし、現在は価値観の多様化に対応し、色々な所で戦端が開かれている。第一次大戦でドイツがとった、浸透作戦を考えるべきである。つまり、多数の小部隊が、独自の判断で、切り込んでいく戦闘法である。このためには、独自の判断を行う指揮者が、多数存在しないとこの作戦は成立しなくなる。
 このように考えると、大学の卒業生が多くなる現状も、少しは肯定的に見ることができる。ただし、その卒業生が、本当の総合職として、活躍できるという条件付きである。

 以上の議論を踏まえて、上記資料のL型大学の議論を見てみよう。私も、大学はもう少し仕事向きの教育をしてほしいと思うが、この資料は全く受け入れることができない。
 私なりの意見は以下のとおりである。

 文学:人の心に寄り添う読み方と、論理的な意見陳述の両方を鍛える。
     特に、英語圏のシェイクスピアの意味と、日本の俳句等も教え、
     日本文化も少しは語れるように教える。
 経営、経済:会計の原理は教えてもよいが、
     MBA手法も必要に応じて調べ使えるようにする。
 法学:法律の読み方をきちんと教える。特に関連規則、施行令までの展開は
    自分が規則を作る時にも大切である。標準化に関しても同様。
 工学:機械の使い方、シーケンス制御系の設計などの実務と、
    材料力学などの基礎をバランスよく教える。
    例えば、トンネルの天上落下と、ねじの強度と継時変化など、
    基本原理まで踏み込んだ総合的理解をする訓練を行う。

これぐらいを大学の付加価値として、教えて欲しいモノである。
言い換えれば、大学にはこのような使い道があると、大学から発信してもよいのではないかと思う。

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コメント

回答の程、ありがとうございました。
この問題は、大学の自治や産学官連携とはどう行っていくべきか?(例えば現代思想「大学崩壊」の石原氏の論評や http://www.sllr.j.u-tokyo.ac.jp/07/papers/v07part06%28hongo%29.pdf 海外との比較では http://www.kpcnet.or.jp/upload/news_fl/fl00000006.pdf http://www.jsps.org/advisor/documents/2009_report_Terasawa.pdf)という問題も孕んでいるように思えます。特に、英国における"この専門化に対する批判の多く は, 多くの学生が学術的職業とは程遠い一般的な職業に就く にも拘わらず , 大学での学問がそれら職業への準備 と なっていないという もので, 複雑化する世界に生き抜くためには広範にわたる教育が求められるべきであるという点に集中した。"(http://www.biwako.shiga-u.ac.jp/eml/Ronso/320/320hada.PDF のp.12)と言った様な、教育とは何か?という問題とも深く絡んでこようかと思われます。
もう1つ、正体不明さまの"私なりの意見"を読んでいて、頭に浮かんだのは、
"三浦朱門氏が教育課程審議会長だった頃、「2次方程式不要論」をぶち上げた出来事です。三浦氏は「私の妻(曽野綾子氏)は2次方程式が全くわからないけれども、今まで生きていく上で全く不自由しなかった」と言い放ち、それからしばらくして2次方程式の解の公式が中学数学から消えたのです。"
(http://sookibizviz.blog81.fc2.com/blog-entry-299.html)
でした。
反論としては最後にある"「2次方程式不要論」のように"目先の"役に立つ・立たないだけで物事を判断する"のは如何なものか?になろうかと思います。
反論の補強としては、
http://sid.co.jp/cn9/pg630.html

特に、
http://www.flib.u-fukui.ac.jp/kiyo/2002/teraoka.pdf
http://repo.flib.u-fukui.ac.jp/dspace/bitstream/10098/1892/1/%E6%95%99%E8%82%B2%E7%A7%91%E5%AD%A6%EF%BC%88%E5%90%8D%E8%B6%8A1%EF%BC%89.pdf
が参考になろうかと思います。

Inoue様、何時もありがとうございます。
この話、確かに『勉強の方法』の本来の話題ですが、
もう少し深堀したいと思います。
個人的には、2次方程式の「根の公式」だけしか
教えることができない、赤本教師の問題もかなりあると思います。
因数分解での解から、無理数を使う解への飛躍、そこの深みを
どこまで理解しているか。生徒に教えることと、後ろの深みが
ある先生と、そうでない赤本教師の違い、
ここにも一つの問題があると思います。
他にも思うことがありますので、ゆっくりまとめさせてもらいます。

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