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2014年10月17日 (金)

多様性の対策について(続)

 昨日書いた、多様性の対策に関して、Inoue氏よりコメントいただいた。今回の話と、だいぶ重なるところがあるが、私の付加価値をもう少しつけていきたい。
 さて、昨日の記事で、私の個人経歴を少し書いた。正体不明が、個人経歴を書いてよいのかと言う、突込みがあるかもしれないが、私はこの多様性の問題に関して、自ら体験したものがあるので敢えて書かせていただく。
 まず、私の経歴の中で、大切なことは、1970年代中ごろに、マイクロプロセッサのソフトウエアの技術者であった、と言うことである。この意味することは、当時マイクロプロセッサが初めて世の中に出た時代で、技術導入のフロンティアが広がった時代であった。言い換えると、会社としての技術蓄積が弱かった時代である。つまり、先輩の指導による育成が、少し弱い状況であった。私が当時したことは、マイクロプロセッサのタスクコントローラまで、手作りした。つまり、OS主要部まで手作りしていたのである。現在の、ソフトウエアの状況なら、種々の財産が蓄積されており、それを知らないで仕事などできない。このような文脈の中に組み入れられた仕事でないと言うことが、私の育ちに大きく影響している。
 また、私は自宅から通勤したので、会社の寮における、先輩後輩関係にも影響を受けなかった。通常なら、これも伝承を受けるうえでのハンディになるのだが、技術の変遷があり、独自の力を発揮できる状況であったので、異分子のまま仕事をすることができた。
 もう一つ、加えると、ソフトウエアの仕事は、特にプログラム作成のレベルでは、仕様を固める作業が重要であり、暗黙の伝承は成立しにくくなる。当時UNIXの文明なども押し寄せており、『プログラムを読む』と言うことでも、文脈に依存しない理解ができる環境であった。

 さて、私に転機と言うか、限界が生じたのは、課長レベルの管理職になる段階である。この段階では、広い配慮が必要になるが、私の視野はあまりにも狭すぎた。
 自分でも、限界を知り、総務部門での技術者教育の要員として異動した。
 (長くなるので一区切り)

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