ご縁のあった人たち

無料ブログはココログ

« 他人の答え待ちと自分の答え(一部補足) | トップページ | 自分で考えることと他人に任せること »

2014年11月26日 (水)

給与格差の問題点はどこにあるのか?

 今朝の日経BPのHPを見ていると、経営者の給与が高すぎるという問題提起があった。
 http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20141114/273863/?rt=nocnt
 この問題提起に関して、少し考えて見たい。なお、私の立場は、何でも平等と言うのではなく、それなりの仕事は、それなりの報酬と言う考えである。
 まず一般論として、全員が平等な給与と言う、いわゆる共産主義的な発想に関しては、できる人間の意欲を書くと言う観点から、私は反対である。加えて言えば、人間の能力や、働き方にも色々の形がある。その多様化を認めた上で、仕事を作り出す能力は、現在特に大切なものである。働き口がないと言う言葉が出ている。それに対する答えは、その人たちでできる仕事を考えて、作り出す人を活性化し、そしてその人たちが動きやすくする。このような答えが一つあると思う。

 このように考えると、経営者や管理職、そして総合職の給与に関して、もう少し踏み込んだ議論ができる。議論すべき点は、まず二つある。一つは、給与を貰っている人間が、それだけの仕事をしているかと言う議論である。もう一つは、他の社員などが、その働きを認識できているかという議論である。

 まず最初の、そこまでの働きができているかという、議論である。例えば、日産のゴーン社長に関しては、やはり彼がいなければ、あそこまではできなかった。それだけの働きをしている。しかし、一般的に経営者の仕事、そして管理職の仕事、総合職の仕事などを考えた時、彼らがいないと本当に仕事できないのだろうか。元首相のように、がなり立てるだけで、
   「後はXXが考える」
というような丸投げしかしていないのではないか?確かに経営者なら、しっかりした判断で仕事は終わるかもしれない。しかし管理職、総合職のレベルにはそれは許されない。自分で実行に落とす付加価値をつけないといけない。特に、XXの正社員と言う既得権だけで胡坐をかいている、人罪に払っている給与は、もったいないモノがある。

 さて、ここでもう一つ別の切り口で考えて見よう。先ほど言った、元首相の発言でも、方向付けの決断と言うことでは、それなりの仕事と言えるかもしれない。経営者の大きな仕事は、決断である。実行の細部ではなく、行くか撤退かの決断である。この中には、現状維持と言う決断もある。一方、管理職に関しても、実行の細部より業務間の調整や、優先付、そして新しい方向への誘導などの仕事がある。また総合職に関しても、1枚の提言書で経営に貢献することがある。
 このような、貢献に関して、一般社員や国民が認識できなくなっているという、可能性がある。これは、一般社会の高学歴化や、ネットによる情報公開が進み、解ったような気になっている、人在が多くなったという状況が、一つの原因だと思う。これを薦めたのが、教育の効果もあると思う。マルクス主義の弊害、そしてその後もわかりやすさと言うものを求めている。そして、昔は自分に解らないものに対する尊敬というものがあった。しかし今は尊敬と言う概念が無くなっていると思う。儀式軽視などにその面が出ている。この辺りに、原因を求めるべきではないかと思う。経営者の仕事の大切さは、「指導書」に書いていないから、教えられないのである。

 ただし、もう少し別の切り口もある。昔の経営者は、報酬以外に色々な余得があったと思う。それが社会的に許されなくなってきた。そこを考えると、見える形の高額報酬と言うのは、あるのではないかと思う。

« 他人の答え待ちと自分の答え(一部補足) | トップページ | 自分で考えることと他人に任せること »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 給与格差の問題点はどこにあるのか?:

« 他人の答え待ちと自分の答え(一部補足) | トップページ | 自分で考えることと他人に任せること »