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2014年11月 3日 (月)

発言能力の差別化と対策

 前に発言能力の違いについて、少し書いた。
 http://manabizz.cocolog-nifty.com/blog/2014/11/post-cd49.html
 しかしながら、この話は会社生活においては、もっと深い意味を持っている。前から、このブログで取り上げている、学校社会から会社社会への切り替えに関して、発言能力の問題が大きな意味を持っている。しかもその意味を理解している人間は少ない。もっと言えば、このことを意識している人間も少ない。それだけに、見えない壁として立ちふさがっている。
 会社で発言するときには、
 「論理的に意見を言え」
と言う注意を受けた人は多いと思う。しかしながら、大学や大学院できちんとした訓練を受け、論理的な論文を多く書いてきた、新人が発言したとする。例えば以下のようなものがある。
 「今回のお客様意見のデータは、サンプル数が少なすぎて、
  統計学的に無意味です。」
これ自体は、統計学の原理から言えば、論理的には正しい。しかし、会社でこのような発言をすれば、
 「生意気で現場を知らないやつ」
という評価を受けるであろう。実際には、このようなデータは少数のサンプルであろうと、継続的に収集すれば、ある種の傾向が読み取れるものである。また別の仮説などと突き合わせながら、ここのお客様の心情を想い図る等の手法で、情報を読み取れることも多い。このような、会社内で前提になる知識を知らずに発言すると、生意気と言うことで叩かれるか、相手にされなくなる。
 実は、この現象に関しては、既にヴィーコが「学問の方法」で指摘をしている。ヴィーコの時代より前では、大学では聴講生と学生の区別があった。『聴講生』は、ただ聞くだけの立場で、質問は許されない。『聴講生』があるレベルの理解を得たと、教師が判断したら、自由な発言を許す『学生』に格上げになる。この制度が、暗黙的に運営されているのが、日本の多くの組織である。
 前の論理的な発言に関しては、本音は以下のようなものとなる。
 「組織の状況を理解した上で、論理的に話せ。」
日本文明の多くは、交流分析で言うところの、親ー子関係である。前提知識を多く持っている親に、子供は従えという文明である。これが言葉で表現できないので、色々なトラブルが起こっている。
 この対策として、私が提案するのは、前提知識を明示した、文書作成の訓練である。昨日書いた以下の記事も参考にしてほしい。
 http://manabizz.cocolog-nifty.com/blog/2014/11/post-c3f3.html
  http://manabizz.c.ooco.jp/KoyuuChisiki.pdf

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