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2014年12月11日 (木)

自己責任と言うがその条件を考えたか

 今回の選挙でも、就業率の問題などに、自己責任と言う言葉を時々聞く。確かに、就業機会が少ないという人たちの話にも、雇用側が嫌う条件がある場合も少なくない。一つの事例で議論してみよう。ある会社が、パート社員を受け入れるときに行ったことである。まず受け入れ研修と称して、1週間程度、会社規則や安全教育を行った。しかし、この研修の本音は、遅刻せずに、まともに出社し、1日話を聞くだけの忍耐力があるかを、確認することが目的であった。つまり、会社で勤める、最低限のマナーについていけるかを、確認する作業である。それを行うまでは、パート採用して、決められた出社日に出てこない人が、少なからずいて、現場でのトラブル原因となっていた。
 この様な事例を見れば、決められた約束も守れないのだから、仕事などないだろう、と切り捨てる人もいるだろう。
 しかし、一歩この人達の立場で考えて見よう。貧窮問題と言うのは、発展途上国とはレベルが違うが、わが国にもある。生活条件が厳しい親子では、子供の時に十分な食事や睡眠時間がない子もいる。そして、義務教育のときでも、空腹でまともに授業に向き合えない子もいる。このような子たちが、きちんとした規律ある生活を、身につけることができるだろうか?貧窮の悪循環はこのような所にある。しかも、中途半端な福祉制度で、貸付型の奨学金などで、進学をさせる。それよりきちんとした就職口を世話したら思うが、学校側も就職口がなければ、フリークラス大学への進学を勧める例もある。
 ここまで考えると、社会制度の問題と言う観点がしてきた。
 ある意味で、子供の貧窮問題の対策には、全寮制の学校で食事などの面倒もきちんと見る。その上で、進路を考えてやるのが必要ではないかと思う。
 ただし、子供の教育で、苦しい子だけに目を向けると、できる人間の芽を潰すこともある。このように社会の問題を解決し、雇用を増やすような努力をする人財を育てることも大切である。我が国も、真剣なエリート教育も考えるべきではないかと思う。

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