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2015年1月24日 (土)

日本人の議論の特異性(宗教的な論点)

 先日から書いている、日本人の議論は、欧米人と異なると言う点を、宗教の観点で補足しておく。
 欧米人と言うか、キリスト教(そしてユダヤ教、イスラム教)の絶対神の立場は、人間の及びもつかない世界である。そのため、人間の考えはどこか不備があるという思想がある。そのような不備なモノを持っているという自覚のもと、相互に検証しながら、少しでもよくしていくのが、西洋文明の議論法である。
 これは、キリスト教だけでなく、プラトンの哲学にも流れている思想であり、西洋文明の根本にある。
 一方、わが国には、弘法大師空海の即身成仏の思想がある。そして明恵上人の「あるべきようは」も同じだが、人間は全てを知る力があると信じている。
 この違いは、誰か全てを知っている人を求め、その人にすがるという発想につながってくる。
 このような宗教的基盤も、大きく影響していると思う。

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