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2015年1月 2日 (金)

平等と言うことの弊害

 昨日の朝日新聞にピケティの意見が載っていた。お説ごもっともだが、彼が平等~~と言うことに少し違和感を感じた。確かに、不平等で被害をこうむる人への、ケアは必要である。
 しかし、別の意味で、優位に立った人の責任感などをもっと育てる仕組みがないのだろうか?私が思うに、現在の問題点は、経営者がしっかり投資を考える、管理職や総合職が、市場開拓や、それなりの能力のある一般職やパートの仕事を増やす。このような立場立場での責任を自覚し、権限を行使できていない点に大きな問題がある。
 この原因は、変な平等主義で、上位者の責任というものを自覚させていない点にある。もう一つ言えば、上位者に対するリスペクトも足りない。
 このような点では、権力を持っているくせに、その自覚がない朝日新聞がこの記事を載せたのは、意味深であると思う。

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