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2015年2月 4日 (水)

ゲームによる知識

 今まで、人間の知識と経験の関係について、色々と考えてきた。知識の場合は部分的に厳密であり、総合化したモデルを作る作業が必要になる。一方、経験では、総合的具体的であるから、一般化するために情報を落としながら抽象化していく過程が必要である。そして、これを理論とかみ合わせることにより、使えるモデルができてくる。このようになれば、知識が活性化して、色々な所で使えるようになる。単なる知識より、具体的経験がかみ合うと、議論に迫力が出てくる。 
 しかし、近頃の若い人たちを見ると、もう一つ別の形の疑似体験がある。それは、ゲームの世界である。ゲームの世界では、人間も環境も作られたものである。従って、全てが説明のつく正解のある世界である。ここでは、モデル化のための抽象化は不要である。すでに作ってある。
 一方、登場人物のキャラクターも、その設計者が仕込んだままである。此れにも正解が出てくる。このような形で、人間を見たら、現実の人間の複雑さを理解できなくなるのではないか心配になってきた。
 リアルの世界の人間を、ヴァーチャル世界の登場人物と同じように扱う。このことによるトラブルが出てきそうな気がする。正しいものは、作られたものである。設計者の設定が正しい世界、このような単純な考えでは物事は収まらないように思う。

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