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2015年3月 8日 (日)

小細工を弄するのはなぜか

 世のなかには、「策士」と呼ばれている人がいる。そのような人に対して、投げられる非難は、
  「小細工を弄して」
というものが多い。
 実は私も、会社勤務中は、小細工を弄してと言われたことが、数多くある。しかし、当時は何とか問題を解決しようとして、限られた予算や資源の中で知恵を縛ったため、外から見れば「小細工をして」と見られたように思う。
 正統派の指導なら、上司などをきちんと説得して、『正しい』手順を踏めと言うことになる。しかしながら、上司は「何とかしろ」としか言わない場合には、何らかの工夫をせざるを得ない。本来なら、そこでトラブルを起こし、上司の無能さを白日の下にさらすことが、正しいことかもしれない。しかし、現実にその場にいた場合には、自分のできる範囲で最善を努めてしまう。これを一度逃げると、後からは難しいことは何もできなくなってしまう。
 このように見ると、難しいことを制限の中で行うなら、「小細工に見える」こともしかたないと思う。ただそれを、小細工にしないような、上司の支援が必要である。このように考えると、管理職の役割には、大きなものがあると思う。

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