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2015年3月14日 (土)

広く考慮すると言うことについて

 ものごとを、総合的に考えることが重要と、色々な立場の人が言っている。しかし、これは実行すると、非常に難しいことになる。先日も、NHKの凄技でコマや紙飛行機を取り上げていた。コマの場合には、回転が持続すると、コマの軸の金属がすり減って形状が変わってくる。このようなところまで考慮して、物を作っていることを、勝者は仄めかしていた。コマの回転と言う単純に見えることでも、記録に挑戦するレベルでは、コマ自体の熱膨張や摩耗による微妙な変形、そして土台の変形などにも、考慮を払わないといけない。
 一方、技術の進歩というものは、『オッカムの剃刀』を使って、物事を単純化した成果ともいえる。出来るだけ、多くの人が使えるようにする。工業化の場合には、個人の職人芸から、規格化した標準作業、そして自動化作業への変遷である。例えば、ねじ一つにしても、規格がきちんと決まっているので、標準部品がストックできる。しかし、初期の鉄砲では、ねじ自体も個別に擦り合せていたので、部品を交換すると言うことはできなかった。
 このような、標準化が進むことは、技術者が考慮することが少なくなると言うことでもある。当然それ以外でもっと高度なことが求められるが、とりあえずここまでは変化しないという土台が存在する。
 しかし、社会的な現象や、人間的な要素が絡む場合には、なかなか考慮範囲を絞ることが難しい。このような範囲を決める時には、決断のプレッシャーがかかるのである。特に、色々な要素を広げて考える、横の広がりよりも、時間軸の広がりの方が難しいものが有る。
 例えば、一人の人の行動をとってみても、その人の過去の経験というものが有る。設備に関しても、既存機器があり昔の設備状況というものが有る。このような昔の環境から、運転上の慣習が生まれている。このように歴史に学ぶことも大切である。
 更に、未来からの介入もある。時間軸の変化で、経年変化を考え、メンテナンスについて考えることも必要である。さらに極端なことを言えば、利用者が想像している未来像が、何らかの介入をしてくることもある
 ここまで考慮する人間は、かなり大きなプレッシャーがかかってくる。そこまで考慮して、総合的に考えろと、要求するのか、管理者はよく考えて欲しい。どこまでの範囲を要求するのか、そのために資源をどこまで与えるべきか、このような考えが出来なければ、管理者の資格はないと思う。
 ただし、総合的に考えることは、できない者ではないと言うことは知っておく価値がある。特に日本では、仏教の「円頓止観」や「即身成仏」の思想がある。これは、人間の力の無限性を示したモノでもある。可能性を閉ざせば何も得るものは無い。その点では、この国に生まれたことは幸せである。

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