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2015年3月31日 (火)

高校受験の内申書重視の弊害

 先日のテレビニュースで、大阪府の高校入試の内申書の評価方式の話を聞いた。この件に関しては、私は大阪市の言い方に同意する。実は私が、50年ほど前に、大阪府立の高校を受験した時には、「府学力テスト」と言うものが存在して、学校の差をきちんと補正する資料があった。このようなテストをなくしたのは、誰の仕事だろう?
 私のいた中学校では、さらに業者テストも実施していた。そこで、前年度の生徒との成績の差を教師も真剣に悩んでいた。そして、私の年度では、本当に前の年度とどう違うのか、わざわざ前年度の試験を業者から取り寄せて実施し、その結果を教師は分析していた。
 このような外部的情報も使って、謙虚に評価していた時代から、今の時代は変わってしまったように思う。
 もう一つ言えば、内申書評価がかなり重くなっている。これは、教師に逆らえば、どうしようもなくなるという世界でもある。このような教師が、絶対権力を持つ世界は良いのだろうか。
 少なくとも、自分の生徒の貧困状況を理解できないような教師の内申書には、どこか欠陥があるように思う。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20150323/279042/?P=5

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