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2015年3月 6日 (金)

教科書つめこみと実学を超えた本当の教養

 楽天・三木谷浩史氏とドワンゴ・夏野剛氏の対話で、日本史教育に関して、否定的発言があったことに、議論が沸き起こっているらしい。
http://logmi.jp/40535
 この話と関連して、経営コンサルタントの冨山氏の、大学では経済学理論より、簿記を教えろという話も、昨日の朝日のオピニオン欄で見た。

 この話について、まず日本史教育否定論に関しては、議論の本旨が抜けて、「単なる歴史否定」と言うとらえ方で反発している人が多いと思う。発言をよく見れば

夏野:足利尊氏の絵も間違っていたらしいんだよね。武田信玄のダルマみたいな絵もなんか顔が違うらしいよ。俺が習った日本史はどこに行ったんだ! みたいな。そんなのいらねーよと。

司会:一生懸命憶えたんですけどね。

夏野:意味ないよ。

と言う展開であり、丸暗記的詰め込み教育は、教科書が間違っていたり、後から修正したりしたら、何の意味もなくなるという議論である。このような、正解丸暗記型の教育に関しては、確かに意味を見出すことは難しい。

 一方、経済学ではなく、簿記をと言う議論に関しては、もう少し実用の学問を教えろという、一般論としては、評価できる面もある。しかし、簿記の細部を教えても、
  「P/LはごまかせてもB/Sはごまかせない」
  「今の経営ではキャッシュフローが大事だ」
の意味を、経営学出身者に聞いても、答えが返ってこないのではさみしい。
 ケインズの言うところの「穴を掘って埋めるだけ」の作業に等しい、マニュアル通りの繰り返し計算訓練では、忍耐力を育てるぐらいしか効果がないと思う。また、三木谷・夏野会談でも出た、プログラミング教育でも、「言語が変われば使えない」では意味がない。

 このような、暗記型つめこみと、実学的訓練を超えた、本当の意味の教養教育が必要だと思う。例えば、歴史の教育は、経済学などの社会科学の、多大な実例蓄積でもある。経営学などで学んだ。リーダーシップについて、歴史上の人々はどのように実践したか?また経営学の教科書の方針が成立しないのはなぜか?このような考え方をきちんと行う人材を育てるのが、本当の教育ではないかと思う。

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