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2015年4月12日 (日)

税金を投資と考えられないこの国の不幸(幸福?)

 この国の多くの人は、税金についてどのように考えているのだろうか?
  「義務だから納める。」
と言う人が多いと思う。つまり、いやいや納めると言うことが、裏側にある。
 しかし、良く考えて見ると、税金で行ってくれていることを、自分たちで行うとなるとどのようになるのだろう。明治の時代に自分で、鉄道を引いた、水を導いた、道路をつくった、さらにはもっと昔にもどり、治安が悪いから「用心棒を雇った」と言うことを考えて見よう。このような、ことをするためには、資金がいる。昔の制度は、豪農や大商人が、その金を出して、生活の安全・安心を守った例もある。しかし、そのような個人の『善意』に依存することは、間違った方向に進む可能性もある。このような、間違いを正す制度として、古くはギリシャの「陶片追放」の制度があった。そして現在の民主主義も、このような流れに乗って、
  「自分達のことは、自分で決める」
原則で運営している。自分で運営するためには、資金が必要であり、そのための投資としての税金であろう。
 日本と言う国は、幸か不幸か、民衆が血を流して勝ち取った民主主義ではない。明治憲法は明治政府に、そして現在の政府は、「マッカーサー様」に与えられたものである。そしてこの憲法が、比較的良くできていて、現在の体制が大きなほころびも見せずに何とか動いている。特に、霞が関の有能な官僚たちのかじ取りが、結構うまく作用した結果、お上の指示に従って皆が動く国になってしまった。
 ここで大事なことは、国民一人ひとりが考えて、政治を動かす。そのために「必要な金を税金として投資する」という発想が無くなったことである。何かわからないが、お上に召し上げられる税金と言う発想である。そして上手く動いていくのだが、一寸自分たちも美味しいものが欲しいと陳情する。それに合わせて、適当に配分を受ける。このような国の考えになってしまった。
 しかし、現在は従来の単調な制度では、上手くいかなくなる。国民一人一人が、国の行く末、地方のありかとを考えないといけない。そのために、今回の地方議会選挙は大切だと思う。自分と意見が合う候補を選ぶ。その候補の仕事がしやすいように、税金を投資する。このような考えが必要ではないかと思う。

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