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2015年4月 1日 (水)

学問の効果が出すぎた現在の社会なのか?

 昨日、日経BPのHPで、

経済学者の「自作自演」が、世の中を悪くした!?

我々が「自己中」なのは、経済学のせいかもしれない

と言う面白い記事を見た。この話は、突き詰めると、

  「学校で学んだ人間像をそのまま現実の物と思い込む人間の弊害」

と言う話が本質になる。確かに、この話は私もどこかで

  「マルクス経済学の影響で資本家悪人論を信じる。
   従って、自分が経営者などになれば、搾取を実行する。」

人罪が輩出するという話をした。

 この話を逆転させると、学校の教科書がそのまま世界の状況であると、信じている人間が増えたと言うことである。実は、日本には「建前と本音」と言う、一つの道具があった。その中には、例えば、寺子屋などで教える『仏教精神・儒教精神』は建前であり、現実に合わせた運用が必要と言うことを「本音」として、知っていたのである。

 さて、明治維新から第2次大戦までの日本の軍に関して、この話の興味深い実例がある。明治維新の後、政府の元老と言う人たちは、一部の公家出身者を除けば、誰もが戦場経験を持っていた。伊藤博文でも軍の運営に関して発言権は十分あった。一方軍隊の近代化と言うことで、陸海軍はきちんとした大学を作り、幹部候補生を育成した。このような大学で、成績優秀なるものが、幹部になることが約束された。しかしながら、山縣有朋等の元老の推薦で、幹部におしこめられた人材がいた。そして、現場の本音として、このような押込め人事の人たちは、結構良かったという話がある。
 ところが、元老が皆無くなった、昭和の時代になると、陸軍大学などの成績優秀者が、軍隊を実質上動かすようになってしまった。東条英機なども成績優秀だったらしい。しかも日本の不幸なことに、第一次世界大戦では、日本は参戦したが、実質上の苦戦と言う経験はない。つまり、将軍たちが苦慮する経験はなかった。
 こうして、現実での厳しい経験のない、成績優秀者が行った結果が、第2次世界大戦の悲惨な結果である。

 ただし、学校の勉強が成果を生む世界もあることは事実である。現実に、巨大建築物等は、構造解析などの理論検討の成果であり、その材料の強度なども多くの学問成果が生きている。しかし、そのような学問だけですべてを尽くすものではない。昔私の知り合いのエンジニアがぼやいていた。

 「近頃は教科書通りに作ったものが直ぐに動いてしまう。
 昔は、教科書の回路から実用までに多くのトラブルがあり
 そこで工夫することで、技術を自分のモノにした。」

技術の世界でもこのような、教科書と現実の積み重ねがあった。ましてや、社会科学では、多くの仮説が絡み、現実の前でより謙虚でないといけない。そのような面が忘れられたら、第2次大戦の軍指導部のようなことになる。

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