ご縁のあった人たち

無料ブログはココログ

« 学問の効果が出すぎた現在の社会なのか? | トップページ | 日本人の論理的議論下手の理由(続き) »

2015年4月 2日 (木)

日本人の論理的議論下手の理由

 時々出てくる議論点の一つに、

  「日本軍の特攻と自爆テロの違いは何か?」

と言う議論がある。この問題について、きちんと答えることができる人は少ないと思う。

 私の答えは、以下のとおりである。

 特攻は、戦時国際法で決められた戦闘行為の範疇であり、攻撃対象は相手国軍人である。一方、自爆テロの場合には、攻撃対象が無差別一般市民であり完全な違法行為である。従って、同列に議論するのは間違っている。

このような反論がなされないのは、どうしてであろうか?一つの理由は、日本の教育に於いて、戦時国際法の教育が、まったくと言ってなされていないことによる。
 この話と関連して、もう一つ思ったことがある。

特攻を考え、命令した軍指揮官は、戦犯として裁くのは不適切である。
裁くなら、日本の国内の法律や、軍法会議に於いて、
 「無能・無策の結果、国民の命を奪う命令を出した。」
と裁くべきであり、外国から戦争犯罪呼ばわりされる筋合いではない。

ここまで来ると、東京裁判自体にも、もう一つ怪しげなものが見えてきた。

 さて、ここまでもやもやとしたものが有った時、山本七平著「戦争責任と靖国問題」さくら舎を読んだ。この本は、見事に東京裁判の矛盾点を描いている。そして、マッカーサー体制による日本統治状況では、戦時国際法の教育などとてもできなかったと言うこともよく解る。
 しかし現在に至っては、もう一度東京裁判を見直すべきではないかと思う。
 なお、私は東京裁判に於いて、もう少しましな検事側の意見ができると考えている。これは次の記事で書いてみたい。

« 学問の効果が出すぎた現在の社会なのか? | トップページ | 日本人の論理的議論下手の理由(続き) »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 日本人の論理的議論下手の理由:

« 学問の効果が出すぎた現在の社会なのか? | トップページ | 日本人の論理的議論下手の理由(続き) »