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2015年4月22日 (水)

保守の立場について

 現実の社会は、かなり複雑な状況の上で動いている。前にも書いたが、例えば今のこの国の制度は、『性善説』を前提に成り立っている。しかし、ゲーム理論で言えば、『囚人のジレンマ』の状況であり、一人が悪意で走れば、それなりの利益が出る可能性は少なくない。しかしそれを行うと、全体として負担が大きくなるので、性善説で運営している。そしてそれが無事成立しているのが、わが国の状況である。もう少し大きく言えば、戦後のわが国の軍備放棄などは、米ソ冷戦構造中の、微妙な状況を、吉田内閣などの狡猾な対応で成立させたものである。
 このような複雑な現実に於いて、『奇蹟的』に安定した状況を作り出したのが、今の我が国である。これを考えると、下手にいじると壊れてしまうという意見が出るのは当然である。
 本来、保守と言うものは、このような現状の重みを考えて、下手にいじるべきではないという発想が根底にある。
 一方、革新の立場は、現状に対する不満を持ち、どこかに良いものがあるという形で求めるものである。良いという根拠は、他国の事例かもしれないし、机上の理論かもしれない。しかしながら、現実の複雑さに対して、無視するものが多すぎる場合には、悲惨な結果となる。フランス革命後の流血がその例である。
 さて、保守の方でも、現状に対応できなくなると、じり貧での敗退も起こる。いわゆる『茹でガエル』状況である。
 両者の欠点を避けるためには、現実に適応しながら、進化適応する保守主義や、革新的な体制を、設計図として提案する。その上で、現実的に適応する、革新主義と言う形なるだろう。
 もっとも、『茹でガエル』対策には、とりあえず制度を変える、その時に、気になっている部分をなすという発想もある。大阪維新の会の『都構想』には、このようなにおいもしている。

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