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2015年4月25日 (土)

日本と言う国の特異性(円頓の成立)

 日本と言う国を考えると、世界の中で、一番お人よしの国の一つにも見える。つまり、理想論がそのまま実現すると信じる国である。不平を言いながら、お上を信じる。そして、自分たちへのばら蒔きをおねだりする。このような国民性は、かなり奇妙なものである。課税に関して、自分たちで決めるという、民主主義を血を流して勝ち取った、欧米の文明とはかなり違うものが有る。日本では、本来どこかで見てくれるものを、信じている。この一つの例は、貞永式目に代表される、お上の善意に由る法秩序である。中華文明の影響下でまねて作った、律令制度や、明治以降の欧米追従型憲法のような継受法ではなく、自らが作った法が、このようなお上の善意を信じる形であった。
 このような、お上の善意を信じ、子供の立場で従う民衆がいる世界はどうして成立したのであろう。私の一つの仮説は、全てを見通す力の存在と、その力が人間にあるという信仰である。これは、明恵上人の「あるべきようは」にも出ている。そして、これを実行できるためには、真言宗の即身成仏や、天台宗の円頓止観の影響が大きかったと思う。特に天台の摩訶止観は、多くの思想的指導者が読んでいる。この本が、全体を理解できる可能性を示したことは大きい。
 さて、ここで全体の理解に関し『円頓』と表現していることに注目したい。円と言うことが全てを満たすとの発想は、循環する時間が一つの根拠になっている。キリスト教文明のように、一方向に流れる時間ではない。春夏秋冬の循環のように、まためぐってくる時間である。このようにお互いがまためぐり合う時間発想を持っている。これは島国と言うことで、一方的に通過する侵略者がいなかったことも、大きな要因だと思う。一所懸命と言う言葉のとおり、一つの土地に根付く人たちが、お互いの顔を見ながら生活する。
 このような条件が成立したら、お互いが信じあった方が上手くいくのが、自然とわかったのではないかと思う。
 しかし、このような条件は、日本と言う島国のしかも農業が比較的に上手くできた国だから、成立した条件である。このことをもう一度考えるべきではないかと思う。

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