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2015年4月 9日 (木)

経営者の罪悪感について(その1)

 先般書いた記事をFacebookで紹介いただいた。そこで、経営者の罪悪感について、コメント頂いたのでもう少し書いてみたい。但しこの問題には色々の切り口があるので、今回はその一部になる。
 今回議論したいのは、経営者の持っている罪悪感を、他人の目で観たモノ、自分が顕在的に認識しているモノ、潜在的に思っているモノの3者に分けて考えることである。つまり、まず経営者自身が常日頃、
  「社員をこき使っている」「取引先をいじめている」
と、明確に意識しているなら、これは顕在的な罪悪感があるという話である。
 一方、これを考えないように、変に合理化する人がいる。
  「食わせたやっているのだからよい」
と言うのが主要なものだが、
  「経営者の苦労は他の人間は解らない」
と自分を説得し、いつしかこの罪悪感を、忘れている人がいる。
 一方、他人が見る目と言う観点で考えて見よう。まず従業員の立場で見れば、
  「会社の存続、安定した雇用の確保、正当な評価」
と言う面が確保できれば、少なくともその経営者に対して不満は少なくなる。そして、他の経営者との比較で、
  「遜色ない」
と言う感じで見ている。この場合には、経営者を責める目と言うものは少なくなる。取引先に関しても同様である。経営者の権威で、威張り散らす人は嫌われるが、意見をきちんと聴いてくれるだけで満足する人も多い。このような形の『好意』『尊敬』の視線が、経営者の後押しになっていることも少なくない。

 さて、ここで経営者が問題を起こすのは、どのような場合であろうか。色々な形があるが、私は、上記3評価のミスマッチが、トラブルを起こすことが多いと思っている。
 理想的には、3者が一致することが望ましい。経営者の自己像と、社員の見る像、さらに社会が見る像が一致する。もっとも悪人として一致したら、これは困ったことになる。この場合の対策は、別途考えて見たい。
 一方、ミスマッチのパターンは以下がある。
 経営者の意識では悪人ではない、しかしながら潜在意識では悪人である。このミスマッチは、経営者の心と体を色々な形で蝕んでいく。潜在的な、罪悪感に気付くことが、経営者にとって大切である。しかし、もう一つ大きい問題は、客観的に見た罪悪度の問題である。
 良くあるパーターンとして、「経営者は裸の王様論」に惑わされている場合がある。つまり、従業員は、『良い社長』と言っているが、経営者が本心から信じていない場合がある。つまり図式的に言うと以下のようになる。
  経営者の顕在的意識=従業員の理解→『良い社長』
  経営者の潜在意識→『俺は悪人だ!』
この図式は、謙虚さを導く良い面もあるが、変な方向に走る危険性がある。特に、マルクス主義経済学や、その派生のピケティ理論では、
  「今までの蓄積でうまい汁を吸う」
ことに対して、攻撃的な議論が多い。これらの学識者の理論知識が、圧力をかけて経営者の潜在意識に『罪悪感』を植え付けていることもある。
 一方、実際に悪徳系の場合もある。
  経営者の潜在意識=従業員の理解→『悪徳社長』
  経営者の顕在的意識→『経営は難しい、俺は頑張っている』
この場合にはかなりたちが悪い状況になる。

 さて、いずれの場合にも、顕在的認識と、潜在的認識を合わせることが大切である。そして、客観的な評価を、理解させることも重要だと思う。
 そのような対策の一つは、経営コンサルタントや、税理士など、内部事情を見るが客観的な視点で見る人が、自分の言葉で伝えることで、社長さんに届くこともあると思う。もっとも、悪人が自分を偽っていることを、納得させるのは至難の業である。

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