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2015年5月 6日 (水)

政治と言うものに期待するものは?

 先日、朝日新聞のどこかで見たが、政治家について
  「功利主義だけではいけない」
と言う書き方をしていた。ここで取り上げたのは、いわゆるトロッコ問題である。しかも一番簡単な 

まず前提として、以下のようなトラブル (a) が発生したものとする。

  • (a) 線路を走っていたトロッコの制御が不能になった。このままでは前方で作業中だった5人が猛スピードのトロッコに避ける間もなく轢き殺されてしまう。

そしてA氏が以下の状況に置かれているものとする。

  • (1) この時たまたまA氏は線路の分岐器のすぐ側にいた。A氏がトロッコの進路を切り替えれば5人は確実に助かる。しかしその別路線でもB氏が1人で作業しており、5人の代わりにB氏がトロッコに轢かれて確実に死ぬ。A氏はトロッコを別路線に引き込むべきか?

と言う形での判断である。ここで、5人を助けるために分岐を切り替える作業をする思考を、功利主義と言い、このような単純な政治家になってはいけない、という主張である。

 確かに、単純な思考実験の世界や、ゲーム理論の世界だけで、政治的な判断を行ってもらっては困る。政治家と言うものは、広く関連する事項を考慮しながら、判断をしてほしいものである。
 しかしながら、現実の世界と言うものは複雑ではあるが、資源も限られている。資源の一つには時間要素もある。有限時間で、犠牲を伴う決断をして、多くの人を救うことも。政治家の役割である。これは忘れてはいけない。

 特に、大規模災害時のトリアージのように、決断がないために多くの被害が出る事態は、避けて欲しいものである。

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